隠れる夜の月
「――それじゃ行こうか」
「はいっ」
「外回り、行ってきます」
「行ってまいります!」
元気の良い声がフロアに響き渡り、抑えた会話のざわめきの中にいた営業一課の面々は、一斉に顔を上げる。
彼らが、そして拓己が目にした三花の生き生きとした笑顔には、その場にいた誰もが魅了されたことだろう。
これならきっと大丈夫と、拓己が安堵と確信を得られたぐらいだったから。
結論から言うと、その日の外回りには何の問題も起きなかった。
正確に言えば、彼女を同行させて大成功だったと言える。
老若男女問わず、溌溂とした言動で可愛らしい容姿の若い女性に対峙して、不快に感じる人間はほぼいないに違いない。ましてや、取引先の担当者に多い働き盛りの男たちは。
三花が営業職ではなく、営業事務担当だと知ると誰もが驚いていたが、物珍しさも手伝って、何かといえば彼女に話しかけていた。
「今日配属されたばかり? 外回りは緊張しませんか」
「少しはしてますが、営業の業務に直に触れることができて、光栄です」
「ふむ。事務とはいえ、業務内容は詳しく知るに越したことはありませんからね。うちとのやり取りで困ったことがあったら、いつでも相談してください」
「ご親切、恐れ入ります。お役に立てるよう努めます」
「おたくの新人さんは熱心ですねえ。うらやましいな、引き抜きたいぐらいだ」
「勝山さん、それはご容赦を。瑞原はうちにとっても期待の新人ですから」
「わかっていますよ。上手に育ててあげなさい」
「もちろんです」
こんな具合で、どこの取引先でも話が弾み、小さくない好印象を残した。