隠れる夜の月
第2章
雨粒が幾筋も、電車の窓をつたう。
朝から降り続いている雨は、午後になっても止む気配どころか、雨脚が弱まる様子さえない。
今日の行き先が駅から近いところばかりでよかった、と思いながら、三花はこの日三件目の取引先へと急いだ。
先方の自社ビルに着くと、すぐに小会議室に通される。
「瑞原さん、濡れてませんか? 足元は大丈夫だったかな」
「はい、雨の日用の靴に替えてきましたので」
手帳片手に入ってきた、この会社の営業課長である武田の言葉に、そつなく応答する。
「じゃあさっそく、打ち合わせに入りましょうか」
「お願いいたします」
ナガクラコーポレーションが製造販売する食品を卸している店舗は数多くあり、大手スーパー「ピースフル」もそのひとつだ。ここはそのスーパーの、全国約三百店舗を統括する本社である。
新製品の説明と販売可能時期の確認を終え、話が一段落したところで武田がふと、相好と口調を崩した。
「瑞原さん、今晩は空いてる? 美味い焼鳥の店を見つけたから、ぜひ招待したいんだけど」
一見すると親切そうな笑顔。けれどその目には、仕事相手に対するのとは別の興味が浮かんでいた──有り体に言うならば、下心が。