隠れる夜の月

「ご親切にありがとうございます。でも今日はこの後、会議が入っていまして。仕事も溜まっていますので退社は遅くなるかと」
「そうなんだ。じゃあまたの機会で」

 表面上はにこやかに残念がる相手に、三花も「恐れ入ります」と笑顔を返したつもりだった。
 けれど小会議室を出た後、知らず肩に力が入っていた自分に気づく。

 断り方は間違っていなかった……と、思う。営業職になって二年、たいていの事柄には対処できるようになったはずだ。

 取引先や顧客の所へ行くのは、あくまでも仕事。なのに、こちらが女性というだけで、男性には決して向けられない「私的な好意」を見せてくる相手は、想像していたよりも多かった。

 先ほどの武田のような、あからさまな物言いはさすがに稀だが、部署の飲み会で同僚や部下に紹介したいといった遠回しな誘いは、異動した直後から何度となくかけられていた。
 もちろん全て、角が立たないように注意しつつ断っている。そのせいか近頃では「ナガクラの瑞原さんは誰にもなびかないって有名ですよ」などと、裏で噂のネタにされていることを顧客の一人にわざわざ教えられた。

 会社の最寄り駅に戻る電車の中、窓の外を眺めながら、自分に問い直す。
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