隠れる夜の月
数少ないとはいえ、営業一課にも二課にも、女性の営業職はいる。自分だって努力を重ねれば、いつかは──たとえ可能性が低いとしても、そう目標を掲げるのは自由だろう。
そんな思いを胸に、三花は営業一課への配属初日を迎えた。
「本日よりこちらでお世話になります、瑞原と申します。ご迷惑をお掛けすることもあると思いますが、一日でも早く、営業事務として一人前になってお役に立てるよう頑張ります。よろしくお願いいたします!」
精一杯に声を張った挨拶に、温かい拍手が返されて、ひとまずはほっとする。
新人全員の自己紹介が終わった後、教育係として紹介されたのが、長倉拓己――すでに新入社員の間でも噂に名高い、現社長の跡取り息子。
鼻持ちならない人だったらどうしよう、という少なからずの不安は、彼に相対した途端に八割方消えた。男性なのに綺麗と表現するのがふさわしい顔立ちと、座っていてもわかる背の高さ。その上御曹司ともなれば嫌味な人でもおかしくないのに……彼が纏う雰囲気には、驕り高ぶったものがまったく感じられなかった。
とはいえ、話してみなければ本当のところはわからない。課長の余計な注釈のせいでさらなる緊張を抱える三花に、拓己は「とりあえず座って」と促してくれた。