隠れる夜の月

「まあ、私個人の考えを言うなら、さほどおまえの結婚を急いてるわけではないんだが」

 苦笑いとも取れる声音で、その先はわかるだろうと言いたげに言葉を切った父に、拓己は確信に近い推測を口に出す。

「また母さんですか」
「そういうことだ。早く内孫の顔が見たいと、近頃は正直うるさいぐらいでな」

 今度は拓己の方が、心の中で嘆息する。
 しばらく顔を合わせていない、実家の母を思い浮かべた。

 入社した頃から──いや、どうかすると学生の頃から、何かしらの機会があると『拓己には早く結婚してほしい』と言う人だった。五年前に姉が結婚してからは、その種の言動が顕著になっている。
 いずれは結婚しなければいけない。それぐらいの自覚はあるが、今はまだ、積極的にその気にはなれなかった。

「孫なら、姉さんの子供がいるでしょう」
「言っただろう、内孫だと。外孫は外孫で可愛いが、跡取りの子供も元気なうちに見たいと言ってる。いつ何があるかわからないのだからと」

 やれやれといった口調で、父が解説した。こちらを見る視線には、あえて口にしないでいる諸々の感情が込められているに違いない。
 それはたぶん、拓己がいま感じているのとほぼ同じ類のものだろう。
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