隠れる夜の月
噂によれば彼の母親は「良いお家のお嬢様」だったという。きっと彼女なりに、子供のためにと一生懸命だったのだろうが、育ちから来る感覚のズレは修正できなかったのだ。周りと同じであることが良くも悪くも重んじられる学校社会では、そのズレが必要以上に目立ってしまっても無理はない。
「じゃあ、お弁当の定番おかず、たくさん作りますから」
三花の言葉に、拓己はまるで子供のような顔で、嬉しそうに微笑んだ。
それからの日々のルーティンは、弁当作りを考えることが中心になった。
肉・魚、卵や野菜それぞれの定番、夏でも傷みにくい調理法や保存方法、持ち歩きに適した容器。気づけば三花のスマホの検索履歴は、仕事に関する下調べを弁当に関する事柄が上回った。
「そういえば、瑞原の名前って珍しいよな」
ある日の昼食中、拓己がそう口にした。
「苗字もあんまり見ないけど、下の名前。三つの花って書く『みか』だろ」
「そうです。母が花言葉好きなんですけど、私の生まれた日の誕生花を調べたら、三種類あったらしくて。どの花も素敵な言葉で選びきれないから、その三つの花みたいな人に育ってほしいって思って付けたそうです」
「誕生日いつ?」
「三月十四日です」
「……ええと、カモミール、スイートアリッサム、ブルーデイジー。サイトによっても種類が違うんだな、誕生花って」