隠れる夜の月
いずれ拓己は、ふさわしい相手との縁談がまとまって結婚するに違いない。そうなればきっと、この想いはただの憧れに戻る。
それまでは、誰にも悟られないよう隠しておかないと。
――と思い定めて早五年。
予想に反し、拓己はいまだに独り身だ。母親経由でお見合い話は降るように持ち込まれていると聞くが、今までのところ、誰とも会ってはいないらしい。
二年前の春、三花は営業一課から二課へと異動になった。毎年出してきた希望がやっと叶えられ、営業職としての配属だった。
それを機に、週一回の「二人分の弁当作り」も終了した。一課と二課は同じフロアながら、担当箇所が違うのとそれぞれに多忙であるため、めったに他方の人間と顔を合わせることはない。月一回の合同会議はあるが、出席者は主任以上に限られている。
拓己と仕事ができた日々は、三花の宝物だ。
あの経験があったから、今こうして営業職に就けている。彼には感謝してもしきれない。
――だから、「その日」が来たら諦めないと。
幸せになってほしいと、心から願う人。そうなるためには、ふさわしい女性との結婚が必要。
そこに割り込もうなんて、露ほども思わない。
「その日」が来た時は、少しは胸が痛むだろうけれど……拓己が幸せになると思えば乗り越えられるはず。大丈夫。
感傷を振り払い、三花は顔を上げて、会社に戻ってからの仕事へと頭を切り替えた。