隠れる夜の月

 初子が不満げに押し黙り、和志の目が拓己に向けられる。厳しさを保ったままで。

「だが拓己も、そろそろ将来について真面目に考える頃合いには違いない。自分で決めると言うのなら、心に決めた相手をきちんと連れて来い。見つけられないのなら見合いも選択肢に入れろ。自由恋愛だけが出会いではない」

 父の言葉は反論しようのない正論だった。

「――わかった」
「とりあえず今は仕事に戻れ。初子も、今後は社に来るのを控えるようにな」
「けど」

 母が何か言い返しているが、拓己はそれ以上は聞かず、社長室を出た。

 誰もいない廊下で、ふーっと息を吐く。
 これで初子が行動を慎んでくれればいいが、おそらくそうはならない。母の気力と行動力の源は、ひたすら「家のため、家族のため」という思いから来ている。

 初子も元は「申し分のない家柄のお嬢様」である。かつて華族だったという旧家に生まれ、兄弟の中で一人だけの女の子だったこともあってか両親に溺愛され、何不自由なく育った。
 有名女子大を卒業後、父と見合い結婚。第一子こそ娘だったが三年後には長男の拓己を産み、親族に望まれる役目を果たした。子育てが一段落してからは、様々な集まりに顔を出したり時には主催したりと、上流社会での人脈作りに余念がない。
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