隠れる夜の月
だが日々忙しくしながらも、初子が子供との関係を疎かにすることはなかった。入学式や卒業式といった節目の学校行事には必ず参加したし、子供が学校でどう過ごしているかをほぼ毎日、本人から話を聞き出していた。その話を父に伝えることも怠らなかったので、何か起きた時には必ず、両親そろって対処してくれていた。
なので、親にかまわれず寂しく感じたという記憶は、拓己にはほとんどない。姉の綾子も同様だと思う。自分たちの境遇ではおそらく、幸運なことなのだろう。
とはいえ恵まれていればそれはそれで、状況に伴う不満が出てくるというのが、人間の贅沢なところだ。
早くから息子の結婚を望んでいた初子は、拓己が就職してからは殊に、その件に関して頻繁に口にするようになった。何かにつけて、どこどこのお嬢さんが適齢期だとか、何々の家では下の娘さんが大学を来年卒業だとか――めぼしいと思ったらしいご令嬢たちを話題に出し、興味を持たせようと仕向けてくる。
その言動が口うるささの域を超えてきたので、姉が結婚してしばらく経った頃、拓己は長年過ごした実家を出て一人暮らしを始めた。
一人は気楽だった。家事の面倒があるにはあるが、生来向いているのか、それを苦に感じる時はほぼなかった。家に帰るたび母に、結婚について言及されることもない。
何も言われず、何も背負うことのない立場なら、あるいは一生独身でいるかもしれなかった。
だが現実はそうではない。たとえ口うるさく言われないにしても、拓己には背負うべき家がある。それを捨てようと思ったことは一度もなかった。
……だから、形式ばった縁談にうんざりしながらも拓己は、初子の期待を完全には無視できない自分にも、気づいている。