隠れる夜の月
それでもなお、母が言う「申し分のないお嬢さん」との縁談が進むのは勘弁してほしい、という思いは拭えない。
ならプライベートで会う相手ならいいのか、と問われると、そちらも正直まっぴらだと思っている。
どちらの場合でも、相手の女性は、拓己の素性や立場、家の大きさしか重視しない。彼女たちにとって拓己は「自分のステイタス願望を満たす存在」であり、拓己個人がどんな人間でも気にはしない、あるいは関心を持たないだろう。
そこに、人間同士としての愛情が育つとは思えない。そんな関係になる結婚はごめんだ。
なら、どうすれば――頭に浮かんだのはさっきの父の言葉。
『心に決めた相手をきちんと連れて来い』
その言葉とともに現れた面影を振り払おうと、通り道にあった自動販売機に目をやる。頭をすっきりさせようとブラックコーヒーを選び、取ろうとした時、背後から気配が近づいてきた。
「お疲れ。生きてるか?」
振り返らずともわかる。向山の声だ。
「まあ、どうにかな」
拓己は肩をすくめて答えた。缶を取り出し、プルタブを引く。軽い金属音とコーヒーの香りが、ほんの少し思考をはっきりさせる。
「またご母堂の案件が来た、って顔に書いてあるな。突撃でもされたか」
嘆息で応じた拓己に、今度は向山が肩をすくめる。