隠れる夜の月

「間抜けは余計だ」
「じゃ、そう思ったのは認めるんだな?」

 向山の鋭い追及に、思わずまた目を伏せる。

 ……確かに、しばらく見かけないうちに、三花は綺麗になった。もともと可愛らしい顔立ちだったが、希望していた営業職に就き、忙しくも好きな仕事をして、充実しているのだろう。生来の溌溂さが輝きを増して、生命力の塊のようだった。
 だがそれを、口にするのはなぜだか難しかった。

 黙ったままでいる拓己に、向山は追い打ちをかけるように続ける。

「あの子の弁当が懐かしくないか? また食べたい、って全然思わないのか」

 五年前の初夏――ちょうど今頃、営業一課の席で三花が弁当を食べていた風景が思い起こされる。
 拓己の視線に応じ、ミニトマトに刺していたピックで渡してくれた、彼女の唐揚げ。
 何の飾り気もない家庭の味を「美味しい」と思った感覚は、いまだに舌の奥に残っている。

「確かに、あいつの作る弁当は美味かったよ。……けど」
「けど?」
「俺があいつを、個人的に好きになっていいのか?」
「…………は?」

 比喩でなく、向山は開いた口が塞がらない様子だった。

「何言ってんだおまえ」
「瑞原は普通の女だ。でも俺はそうじゃない。……あいつの自由を、奪うようなことはしたくない」
「馬鹿か」

 心底呆れたようにそう言われる。
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