隠れる夜の月

(――それが怖かったんだ、たぶん)

 手を伸ばせば、巻き込まざるを得ない。
 自分の立場や家、背負うもの関わるもの、すべての中に。

 今でこそ自身の立ち位置を確立している母の初子も、結婚当初は「本家の嫁は若くて気が利かない」と親族一同に陰口を叩かれ、特に拓己の祖母である姑にはかなりいびられたようで、長年苦労したらしい。

 三花を、同じような目には遭わせたくない。彼女の美点も努力も認めないような、意地悪い人間たちの中に放り込みたくない。

 だから、気づかないふりをしてきた。
 三花への感情を「後輩」や「妹」の型に押し込めておくことで、真実に蓋をしてきた。

『はい、頑張りますっ』

 配属初日、外回りの帰りにそう言った時の、三花の晴れやかな笑み。
 あの時から本当は、惹かれていたというのに。何もかも包み込んでくれるような、彼女の明るい笑顔とひたむきな心に。
 だからこそ、他の誰とも、会う気にさえならなかった。

 無性に、三花の声が聴きたくなった。
 自分の隣でずっと、笑っていてほしいと思った。
 そのためには。

(俺が守ればいいんだ)

 慣れるまで、あるいは慣れても、大変さは感じるだろう。けれど三花ができるだけ傷つかないよう、謂れのない攻撃を受けることがないよう、守ることはできる。
 彼女と一緒にいるためなら、自分の苦労など、苦労ではない。

 とっくに飲み干したコーヒーの缶を握りしめたまま、拓己はその場を後にした。
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