隠れる夜の月
三花が膝に置いた左手を取って、両手で包みこんだ。
「……先輩……?」
こちらの本気は感じ取ったらしい三花が、戸惑いを目と声に表した。彼女は聡い。たとえ上流社会のイロハを今は知らないにしても、学んで身につけていけるはず。
その確信に背中を押される心地で、拓己は三花の手を握りしめ、はっきりと言った。
「俺と付き合ってほしい。結婚前提で」
口にした途端、心臓がとんでもない大きさで鼓動した。まるで上半身、いや全身が心臓になったかのように。
自分でもこんな心境になるのだと、拓己は初めて知った。答えを聞くまでの間が怖くてたまらない、なんて。
果たして、何秒――何分が経ったのか。
永遠にも感じられる沈黙の後。
まばたきをゆっくりと繰り返した三花が発したのは。
「冗談ですよね?」
「――――――え」
「そうですよね。でなかったら、先輩がそんなこと言うはずないですもん」
三花は、笑っていた。気まずさを紛らわせるように――何かを、笑みの裏に押し隠すように。
弁当箱を入れたトートバッグを持ち、勢いよく三花が立ち上がった拍子に、手の中から彼女の左手がするりと抜けた。
「ダメですよ、他の人にそんな冗談言っちゃ。本気にされて大変ですよ。じゃあ失礼しますっ」
おそろしく早口で言い置いて、三花は駆けていく。
逃げられたのだと気づいたのは、彼女の姿が屋上から消えてからだった。