隠れる夜の月

 三花が膝に置いた左手を取って、両手で包みこんだ。

「……先輩……?」

 こちらの本気は感じ取ったらしい三花が、戸惑いを目と声に表した。彼女は聡い。たとえ上流社会のイロハを今は知らないにしても、学んで身につけていけるはず。

 その確信に背中を押される心地で、拓己は三花の手を握りしめ、はっきりと言った。

「俺と付き合ってほしい。結婚前提で」

 口にした途端、心臓がとんでもない大きさで鼓動した。まるで上半身、いや全身が心臓になったかのように。

 自分でもこんな心境になるのだと、拓己は初めて知った。答えを聞くまでの間が怖くてたまらない、なんて。

 果たして、何秒――何分が経ったのか。

 永遠にも感じられる沈黙の後。
 まばたきをゆっくりと繰り返した三花が発したのは。

「冗談ですよね?」
「――――――え」
「そうですよね。でなかったら、先輩がそんなこと言うはずないですもん」

 三花は、笑っていた。気まずさを紛らわせるように――何かを、笑みの裏に押し隠すように。

 弁当箱を入れたトートバッグを持ち、勢いよく三花が立ち上がった拍子に、手の中から彼女の左手がするりと抜けた。

「ダメですよ、他の人にそんな冗談言っちゃ。本気にされて大変ですよ。じゃあ失礼しますっ」

 おそろしく早口で言い置いて、三花は駆けていく。

 逃げられたのだと気づいたのは、彼女の姿が屋上から消えてからだった。
< 46 / 102 >

この作品をシェア

pagetop