隠れる夜の月

 だから、冗談だと思い込もうとしている。
 そう思い込めば、笑ってごまかしてしまえば、何事もなかったことにできる。

 ――なのに、振り払えない。大きな手に包まれた時の温もりも、三花だけを映していた目も。
 彼の言葉が頭の中でぐるぐると回り、エンドレスで再生される。とてもこの後、仕事に集中などできそうになかった。

(いっそ、もっとふざけた口調だったら。そういう冗談を言っておかしくない人だったら)

 ……そうであれば、どれほどよかっただろうか。

  ◇ ◇ ◇

 三花に逃げられてから、数日。
 もう一度きちんと話すための機会と口実を、拓己は探し続けていた。

 だが互いに忙しい営業職では、社内で会うこと自体が簡単ではない。これまでは特に疑問も不自由も感じていなかったけれど、こういう状況においては不自由極まりなかった。

 あの日から四日経ってようやく、三花とエレベーターに乗り合わせた。しかも他には誰も乗っていない。絶好のチャンスに違いなかった。

「瑞原、話が」

 切り出したその時、三花が唐突に「開く」ボタンを押した。

「すみません、用事を思い出しました。失礼します」

 早口で言って、急ぎ足というよりは駆け足で、エレベーターを出ていく。
 完全に、避けられた。
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