隠れる夜の月
──国内で有数の大企業として数えられる、ナガクラコーポレーション。初代は昭和の初め、食品の卸売業から身を興した。二代目である息子とともに戦中・戦後の苦難を乗り越え、高度成長期に至る頃には、多数の食品を扱う製造・販売会社として名を上げていた。
そうして現在に至るまで社の隆盛は続き、今では製造販売のみならず、自社製品を中心とした健康志向のレストランやカフェを展開しており、高い評価を得ている。
拓己はナガクラコーポレーションの創業者一族・長倉家に、四代目社長の長男として生まれた。いずれは五代目として会社の、ひいては一族のトップに立つ存在になると周囲には目されている。
そういう立場であることは、子供の頃から自覚していた。幸いにというか拓己には生まれ持った聡明さがあり、学校や将来に向けての勉強に励むことをさほど苦に感じない性質でもあったので、両親や周囲が求める通りの努力を重ねてきた。
本音を言えば、自分の境遇を窮屈に感じることもやはり、時にはあった。学生時代、友人が進路を自由に決めているのを見て、羨ましく思ったりもした。
だが、幼い頃に父の、親族や社員に信頼され尊敬される姿を垣間見て思ったのだ。自分もいつか、あんなふうになりたいと。
その頃の気持ちは今も、拓己の中に生きている。だから、父親の跡を継ぐことについては、迷いも不満もなかった。
問題を感じるのは、それに伴うこと──結婚についてだ。