隠れる夜の月

 ◆ ◆ ◆

 連れて来られたのは、会社の最寄りから少し離れたターミナル駅前の、一流ホテルだった。
 部屋に入った瞬間、ミントのような香りの空気と、静けさに迎えられる。

 ――本当に来てしまった。

 覚悟を決めたはずの心が、どこか遠くへ逃げ出しそうになる。
 拓己の後ろから扉をくぐったところで、緊張で足が止まってしまった。
 付いてこないのに気づいて振り返った拓己が、引き返してくる。

「どうした?」
「…………」
「やっぱり、嫌か?」

 そう問いかけてくる声には、不安がにじんでいる。
 この人も不安に感じたりするんだな、と妙に冷静に思った。

 三花はなんとか首を横に振るが、うつむいた顔を上げられない。
 しばらくそうしていると、右肩に手が置かれる。同時に、左頬にもう一方の手が添えられて、上向かされた。

「嫌ならはっきり言ってくれ。無理強いはしたくない」

 抑えた表情と声音で、そう言われる。
 触れられた手のひらは、思っていた以上に大きい。心なしか指先が冷たいようにも感じる。
 視線を合わせた先の、彼の目には熱が浮かんでいる。気のせいでも何でもなく、確かに求められているのだと、女としての直感で察した。

 胸のうちが疼いて、そこから熱が生まれてくる。
 ――たとえ、何かのはずみや勢いがきっかけだとしても。
 今夜この人に抱かれたい、と強烈に願った。

「ち、違うんです」
「?」
「……嫌じゃないんです。そうじゃなくて、その、……ちょっと、怖くて」
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