隠れる夜の月

 首をかしげた拓己が、ほどなく目を瞠った。

「ひょっとして、したことない?」

 軽い驚きとともに発された問いに、二度目のうなずきを返す。
 頬から手が離れて、持ち主の口が覆われる。
 目を見開いたままの拓己の口元から、抑えきれなかったらしい「っ、ふ」という息が漏れた。

 笑われた、と反射的に解釈して、またうつむく。
 やっぱり、二十七にもなって経験が無いなんて、可笑しいよね……そう思われたとしか考えられなかった。

「ご、ごめん」

 三花の自嘲を察したのか、慌てた口調で拓己が言う。

「笑ったんじゃないんだ――いやその、本当は笑いを抑えたんだけど、可笑しくてじゃない。嬉しくて」
「……え?」
「俺が、初めての相手ってことだろ? そう思ったら、すごく嬉しくてニヤけそうになって」
「……嬉しい?」
「うん。男からしたらめちゃくちゃ嬉しい」

 肩を引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられる。
 背中を手のひらで優しく叩かれながら、囁かれる。

「優しくするから。痛いのはちょっと、どうしようもないけど……それ以外は絶対、乱暴にはしない」

 すり、と髪に顔を擦り寄せられた拍子に、吐息が耳をかすめた。

「っ、――――し、シャワー浴びてきていいですかっ」
「え、……ああそうか。行ってきて」
「お先に使わせていただきますっ」

 腕がほどかれた瞬間、逃げるようにバスルームに走り込んだ。ドアを閉めてようやく、はーっと息を吐き出す。

 どくん、どくん、と心臓の鼓動がうるさいほどに胸と耳に響く。
 徐々に震えだした体を、三花は宥めるように抱きしめた。
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