隠れる夜の月

「いいのか、見なくて」
「これから仕事だってのに見てられるか。どうせ長ったらしい釣書付きなんだし」

 母がまがりなりにも薦めてくるのだから、もれなく「いいところのお嬢さん」であろう。家族構成に学歴職歴、趣味や特技などがびっしり書かれた釣書は、一人分を読むだけでも疲れる。

「で、なんで六階? 営業一課は十二階じゃん」
「こんなもん持って課室に行けないだろ。ロッカーに放り込むんだよ」

 紙袋を振り上げながら答えると、向山がぷっと吹き出した。
 そのタイミングでエレベーターの扉が開き、連れだって六階フロアに降りる。

「なるほどね」
「笑い事じゃないっての。だいたい……」

「すみません、そのエレベーター乗ります!」

 叫びながら反対方向から走ってきたのは、ひとりの女子社員。
 向山はパッと反応したようだが、拓己は半秒ほど固まってしまった。

 その差が如実に出たのは、一秒後。
 避けきれなかった拓己に女子社員がぶつかり、互いによろめく。その拍子に紙袋が手を離れて床に落ち、中身を盛大にぶちまけた。
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