隠れる夜の月

 ◇ ◇ ◇

 その夜、一流ホテルの最上階にある、スイートルーム。

 室内はどこもかしこも整えられ、春の夜に似合う静けさを湛えていた。
 かすかな音がするのは、新婚夫婦が二人きりでいる、奥の寝室のみ。

 バスローブの胸元を緩める手の感触に、三花は思わず身が震わせた。
 すでに、幾度となく彼に触れられた身体。なのに、今夜は特別な感覚がして――心の、いつもよりずっと深い場所が、じわりと熱を帯びていく。

「緊張してる?」

 低く尋ねてくる夫の声に、こくりと頷く。
 目を伏せると、額に優しいキスが落とされた。

「……今日は、夫婦として『初めて』だもんな。ちゃんと、忘れられない夜にする」

 静かに押し倒され、三花はベッドのマットレスに身体をあずける。
 拓己の手が、はだけた胸元をためらいなくなぞり始めた。
 熱を帯びた指先が、肌をゆっくりと滑っていく。触れたところも熱を持って疼き、心拍がそのたび跳ね上がる。

「先輩……」
「違う。俺はもう旦那さんだろ?」

 耳元でそう囁かれ、三花の肩がぴくりと震える。

「三花は、俺の奥さん。今夜からずっと」

 その言葉だけで、身体の奥深くが甘く疼いた。

 柔らかく、それでいて艶めかしく微笑んだ拓己が、三花の首筋に口づける。
 その唇は首筋から鎖骨、そして胸の谷間へ。
 服越しではなく、素肌に直接触れていく感触に、身体のこわばりがゆっくりと溶かされていく。
< 98 / 102 >

この作品をシェア

pagetop