隙なしハイスペ女子大生は恋愛偏差値が低すぎる。
 文庫本には布製のカバーがかけられている。淡いピンク色のチェック柄。少しごわっとした手触りから持ち主が長い間使い込んできた様子が伝わってくる。

 ふと、届けるか置いておくかの判断を後回しにし、何の本だろうと興味をもって本の表紙を開いてみた。

「『戦争と平和』」

 ───そう呟いた時、教室の入り口の方からパタパタと小走りしてくる音が鳴り響く。ぱっとその方向に顔を向けると、息を切らせた様子の美人、斉木里香が立っていた。


「あっ…」


 お互いが同じ瞬間に同じ声をあげ、時間が止まる。

 お互いに顔を見合わせ、斉木さんは、俺の手に収まっている文庫本を確認した。俺はというと、なぜか彼女から目を離すことができず、体を動かすことも叶わなかった。


 その瞬間。

 斉木さんは俺からぱっと目を逸らして下を見遣る。と同時に昨日見たあの表情。眉間にぐっと力が入り、口角の上がった形の良い唇を真っ直ぐにぎゅっと結んだ。

 その表情を見た途端にようやく俺は我に返り、焦って弁明するように口を開いた。

「あ、教室出ようと思ったら机の下に忘れ物あるなって思って手に取って。これ斉木さんのだった?」

 明らかに斉木さんの物だって分かってるのに、それを知られてしまうのはなんだか気まずくて。安っぽい芝居のようなセリフは静かな教室にやけに大きく響いた。
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