隙なしハイスペ女子大生は恋愛偏差値が低すぎる。
「あ、そういえばさ」
そう言って俺はバッグの中をごそごそと探し始めた。
「これこれ」
そう言って見せたのは「戦争と平和」の文庫本。斉木さんはびっくりしたように本をじっと見つめている。
「斉木さんにあんなに熱弁されたらやっぱり気になるじゃん」
先日、本屋に寄って買った本だ。あの時の熱の入った斉木さんのおすすめレビューが頭から離れなく、そんなに言うなら、と購入を心に決めていたのだった。
「まだ1巻のはじめなんだけどさ、6巻まとめて大人買いしちゃったから頑張って読まなきゃ」
とは言いつつ、結局大学の課題やバイト、サークルなんかで時間は奪われ読破できる自信はなかった。きっと斉木さんが満足するような感想ももてないだろう。そもそもそんなに読書家というわけでもない。本当にたまたま親がつけていたテレビで紹介され、親が興味本位で購入し、そのままテーブルに置かれていた「人は何で生きるか」を読んだだけに過ぎなかったのだ。
「うれしい…」
小さく呟いた斉木さんの目はきらきら輝いていた。前回この本の面白さについて勢いよく語ったあの時と同じ瞳だ。
「まさか本当に読んでくれるなんて!実は私も大野くんが言ってた『人は何で生きるか』を調べてみたの!哲学的、宗教的な側面が強そうで自分に読めるかなって不安で、ちょっと遠慮しようかなって思ったんだけど私も絶対読むね!もうすぐ『戦争と平和』読み終わりそうだから、他の積読いっぱいあるけどその作品優先して読む!楽しみだなぁ〜!」
そこまで一息に言い終わると、ぴたっと顔が固まり、前回同様、斉木さんは烈火の如く顔を真っ赤にしてしぼんでいった。
「あー…もう、本当にごめん…」
机に両肘をついて、真っ赤になった美しい顔面を覆い隠す。こんな斉木さんの姿を知っている人はどれだけいるのだろうか。自分だけだったらいいのにと思うのは贅沢すぎるだろうか。恋愛感情なんてものではない。ただ、この全方位完璧に整えられた美人の、ほんの僅かな隙を見られる特別感。