Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜
*
カラン、カランと入り口の呼び鈴が鳴って、二人の男たちが仕立て屋から出て行ったのが分かった。
ひとまずの敵は消えた訳だが、そうなると今度は、エドモンドは別の戦いに挑まなければならないことになっていた。
自分自身との戦いだ。
それでなくともエドモンドの忍耐は限界を迎えていて、どうして真っ直ぐ立っていられるのか自分でも不思議なほどなのだ。
そこに、
「あの、ノースウッド伯爵」
餌をねだる仔犬のような瞳をしたオリヴィアが、目の前にいる男が何を思っているか知りもしないで、無邪気に声をかけてくる。
「そこにあるスケッチのドレスを選んだんです。どの色を使うべきだと思いますか?」
オリヴィアは木でできた採寸台の上に立っていて、彼女の背後ではマーガレットが忙しく作業をしている。問題は全身鏡で、背の高い鏡がオリヴィアを囲むように立っているのだ。
目を逸らそうにも、ほとんど逃げ場がなかった。
「好きな色にするといい。あまり目立たない色の方が好ましいが」
選ばれたスケッチにはほとんど目もくれず、むっつりと答えたエドモンドに、オリヴィアは悲しそうな表情をした。
──ああ、くそ!
カーテンをびっちりと閉めたせいで、二人 (とマーガレット)は狭い密室の中に閉じ込められた形になっている。
おまけに、エドモンドがカーテンの前に椅子や足台や生地を巻く棒を並べたてて邪魔者が入って来られないようにしたせいで、もともとたいして広くない採寸室は余計に狭い空間となっていた。
マーガレットはさすが経験豊かな女主人で、エドモンドの奇行に黙って理解を示していた。
「目立たない色……」
オリヴィアは考え込んでいるようすだった。「黒……でしょうか」
「マダム、私はそこまで嫌味な男ではない。妻に黒いドレスを着せて舞踏会にでるほど陰気なわけでも」
「では、茶色?」
「…………」
エドモンドは壁にぶら下がっている生地見本の束を手にとって、ひとまずオリヴィアの存在から気を逸らす仕事ができたことに感謝した。
四角に切り出された小さな布をまとめた生地見本は、ありとあらゆる種類と色で溢れていた。手触りのよい絹もあれば、肌が傷付きそうなクレープ地まである。
エドモンドは男性のうちでも特に服装に無頓着な性質であったから、オリヴィアの喜びそうな布を選ぶのは難しかった。
が──何枚もめくっていくうちに、濃い色が続いていた見本の隙間から一枚、柔らかい桃色の生地が出てきた。
滑るような感触があるが、肌が透けるほど薄すぎることもなく。カーテンから漏れる明かりに当てるだけで瑞々しく輝く、繊細な糸の流れをもっていた。
そしてなによりも、オリヴィアが街の中で好きだと言った花と同じ色をしていた……。
「これがいいだろう」
そう言って、エドモンドは選んだ布をオリヴィアの前に差し出した。
最初、オリヴィアは布ではなくエドモンドの方を見上げて大きな瞳を揺らしていた。それから、ゆっくりと布に視線を落として……
「これは、花壇にあった花の色ですね」とささやいた。「覚えていてくれたのですか?」
一瞬ではあるが、エドモンドは幸せに似た思いを感じた。
「『覚えておこう』と、言っただろう」
エドモンドがそう言うと、オリヴィアは水色の瞳を嬉しそうに細めた。
微笑んだオリヴィアを見て、エドモンドは、自分も彼女に微笑み返せたらもっと幸せになれるだろうと──叶わない夢を見た。
「そうですね、あなたは約束を守る人です。ノースウッド伯爵……」