Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜

 オリヴィアは、自分の顔が悔しさのあまり赤く染まっていくのを感じた。

「邪魔をしてしまったのは申し訳ありませんけど」と、オリヴィアは先ほどの台詞を繰り返した。「わたしはうちの執事を捜しているところだったのです。どうもここにはいないようですね」

 思いっきり皮肉を込めて言ったつもりだった。
 しかし、オリヴィアが威勢よく踵きびすを返そうとした途端、男の腕がオリヴィアの手首をがっと掴んだ。

「っ! 放してください!」
「まあまあ、お堅いことを言わなくてもいいじゃないか……ここには上等の酒もある。少しの間、お互いにいい思いをしてみるだけさ。まず誰も気が付かないだろう」
「さっきのお嬢さんの泣き顔を見ました。なにが『お互い』なものですか!」

 男の腕力は、大柄な身体に見合ってかなりの強さだった。
 オリヴィアが振り払おうともがいても、せいぜい少し揺すぶれる程度で、とても太刀打ちできていない。
 つい勢い余って反抗的な態度に出てしまったが、それはこの酔っ払ったろくでなしの対抗心に火をつけてしまっただけのようだった。

 男の目に異様なほどの邪さが光る。
 それを見てはじめて、オリヴィアの心に焦りと恐怖が目覚めた。

 掴まれた腕が、まるで自分のものではないように思えてきた。
 嫌悪感……そして、愛する人でない男性に触られる屈辱。

「放してください。人を呼ぶわ……」

 と、言った自分の声が、情けないほど震えているのにオリヴィアは気付いた。しかし、それ以上に、すくんだ足を奮い立たせるのが難して、オリヴィアは狼狽した。

 ——エドモンドは私を捜してくれているのだろうか?
 ——叫べば、私の声を聞いて、助けに来てくれるだろうか?

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