Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜
状況を悲観している間もなく、男がかがみ込むようにオリヴィアに覆い被さってきた。
酔っ払い独特の酒臭い息がオリヴィアの顔に迫ってきて、オリヴィアは自由な方の腕で男を押しのけようとしたが、成功したとは言い難かった。
男を押しのけようとするオリヴィアと、オリヴィアを押さえ込もうとする男とが、もつれ合って床に倒れる。
オリヴィアは男の下敷きになり、肩を強く打って、一瞬、痛みに息をのんだ。
ああ、こんなふうにエドモンドと床に倒れたことがあった。
でもあの時のエドモンドはオリヴィアをしっかりと包み込み、力強く守ってくれた。痛みなんてなにも感じなかった。
ほら、見なさい。
エドモンドがどれほど素晴らしい男性なのか……。
疎んじている妻さえ身体を持って守ってくれたのだ。
こんな、誘惑しようとしている女性さえろくに守れない男とはまるで違う。それなのにオリヴィアは、こんなところで好きでもない男の下敷きになっている。
怒りがオリヴィアに力を与えた。
「どいてください……私は、こんなところで、あなたの相手をしている暇はないの!」
オリヴィアは男の腕からもがき出て、床を転がるようにして男から離れた。
そして、立ち上がりながら威勢良く言い加える。
「あなたが私に何をしようとしたのか、私の夫が知ったら大変なことになるわ」
オリヴィアは一度、エドモンドが斧を振り上げて大きな丸太をまっぷたつに割るところを見たことがある。
あの乾いた丸太と、この酔っ払った男が重なって見えた。
きっとエドモンドは躊躇さえしないだろう。
しかし、
「君の夫か、ふん」
酒が判断力を鈍らせているのか、男はオリヴィアの脅しを理解していないようだった。
「どこの誰だか知らないが、こんなところに自分の妻を放っておく男に、私が負けるとは思えないな」
男はよろよろと立ち上がった。
すでに乱れていた服が、さらにだらしなく垂れ下がっている。
オリヴィアは眉をしかめた。
自分の足下を飾る、舞踏会用の小さなレース編みの靴が、今は呪わしく思える。どれだけ美しくても、この靴はあまり早く走れない。ここまで急いで来たせいで、すでに踵がずきずきと痛み始めていた。
「いいですか、私の夫は——」
オリヴィアがそう言いかけたところだった。
背後からパン、パン、という手を叩く乾いた音が響いてきて、二人はそちらを振り返った。
廊下の先に、優雅なたたずまいのヒューバート・ファレルが立っていて、こちらを興味深そうな目で見ていた。