どうも、結婚から7年放置された妻です
「……そうだな。一発くらいは仕方がないな」
コルドはしみじみと頷いた。
「家令の帰還連絡をもらったから王都に向けて旅をしているのか?」
「そうなんですよ。停戦の連絡が国中を駆け巡ったあと、新聞に帰還する人たちの名前が順番に掲載されたじゃないですか。そこに家令の名前も書かれてあったんです」
「そうか。よかったな」
「はい。わたしの夫も無事だそうで。たぶん、最初に帰るのは、王都にある家の方だなって思ったので、王都に向かうことにしたんです」
「ベルの夫も戦に行っていたのか」
「ああ、そういえば話していませんでしたね。お家騒動の一環? として、戦地に将校として送られてしまいまして。これは夫の社会的地位では義務のようなものでもあるので、断ることができずに前線に送られたと聞きました」
「……そうか。人にはそれぞれ、色々あるものだな」
コルドが遠い目をした。
きっと様々な理由で戦地へ送られた者たちを見てきたのかもしれない。
長引く戦の士気を上げるためにとか何とか理由をつけ、王妃はコンラードを戦場へ送ったのだ。宮殿に置いておくよりも死ぬ確率が上がるだろうと見込んで。
四年前のことだった。コンラードは十八歳で前線に向かうこととなった。
さすがにあの時は、心臓が掴まれたようにきゅうと痛んだ。
顔も知らない夫の無事を祈った。何かできることはないかと考えた末に四つ葉のクローバーの刺繍を刺した手巾をドナシアンに託した。
結婚している事実を彼が知らないのであればドナシアンのところで止まっているような気がする。
「いよいよ、ベルは夫に会えるんだな」
「そう……ですね。ちょっと、ドキドキしちゃいますよね。どう名乗ればいいのか分からないので、まずは家令に連絡を入れようと考えていますけれど」
「きっと、いい関係を築けるさ」
コルドが柔和に目を細めた。
希望を口にしてくれる彼の顔を眩しく見つめる。
まだ見ぬ夫と、同じ色の髪色だ。目の色は、コルドがきれいな紫色で、夫は灰色だ。
領地の屋敷にはコンラードの小さい頃の絵姿がかけられていて、アルベルティーナはよく想像したものだ。あなたは一体どんな青年に成長したのかしら、と。
話をしていたせいか、王都はもうすぐ目と鼻の先になっていた。
アルベルティーナは王都に入ってすぐの広場で荷馬車から降ろしてもらい、コルドたちと別れることになった。
「ベルの未来に幸あらんことを」
「あなたもね、コルド。幸運を祈っているわ」
アルベルティーナは手を振り、彼らを見送った。
「いい人たちだったわね」
「一昨日、お嬢様が帰還兵に絡まれた時などは、軍人など乱暴者ばかりだと憤慨しましたが、あのコルドという青年はなかなかに好青年でしたねえ」
旅のお供を務めてくれているばあやがしみじみと頷いた。
「彼がああして帰って来られたのも、コンラード様が停戦をもぎ取ったからなのよね。すごいわ、わたしの旦那様」
荷馬車を見送りながら、一人呟いた。
ようやく王都に辿り着いたのだ。
まずは宿の部屋を取って、ドナシアン宛に手紙を書かなければ。彼もしばらくの間は軍関係の施設に留まっているだろうから。もしくは王都に(一応)あるロッシュヴァン公爵家の邸宅に戻っているかのどちらかだろう。
コルドはアルベルティーナが純粋に夫に会いに来たと考えているようだったが、実はそうではない。
アルベルティーナはコンラードと離婚をするためにはるばる王都までやって来たのだ。
四年前に戦の善戦に贈られたコンラードは、功績をあげまくった。
停戦に持ち込んだのは現地での彼の交渉力のおかげだし、条約はサルドネが有利な条件で結ばれるだろうとも聞こえてくる。
つまり彼は戦争終結に貢献した英雄なのだ。
国王はもう、コンラードを無下に扱うことはできない。
それには、もう一つ理由があった。
国王夫妻の第一子である王太子が落馬事故に遭い重傷を負ったのだ。
その場で一命は取り留めたものの、治療の甲斐なく事故からひと月後に命を落とした。
今から一年と三か月前のことだった。
国王には五人の子供がいた。王太子の下には三人の王女が続き、そのあとに生まれた第二王子は現在二歳の誕生日を超えて数か月が経ったばかり。
三人の王女たちは、戦を終えたばかりの難しい局面の政治になど携わりたくはないと言い、婚約者候補の選定に躍起になっているのだと伝え聞こえてくる。
必然的にコンラードの重要性は増すというものだ。それを抜きにしても彼は停戦の立役者だ。
この機会に、彼はその存在をサルドネ国内に知らしめ、王妃に踏みにじられることないように力を蓄えるべきだ。
具体的にどうするかといえば、やはり後ろ盾となり得るような大貴族の娘との婚姻だろう。これが一番いいと思う。
アルベルティーナは、ドナシアン宛に手紙をしたためた。
まずは無事を喜ぶ旨を。その次にコンラードと離婚を希望する旨を書き、ついでにできれば生活拠点としてロッシュヴァンの土地のどこかに庭付き一軒家がほしいことも追記しておく。
「お嬢様……。本当にドナシアン様に届けるのですか?」
「だって、公爵夫人って柄じゃないじゃない」
気が進まないという声を出すばあやに向けて、アルベルティーナはにへらっと笑った。
コンラードはこれまでたくさん苦労してきたのだ。
対するアルベルティーナは、彼から手紙の返事こそこなかったが、周囲の大人たちに守られ、のほほんと暮らしてきた。
彼には幸せになってもらいたい。そのためには分かりやすい後ろ盾が必要だ。
だからアルベルティーナは身を引こうと考えたのだ。
それに……。
(はじめまして、あなたの妻ですって自己紹介をしたあとに……少しでも拒絶の色を見せられたら……悲しくて泣いちゃいそうだもの)
彼にとってアルベルティーナとの結婚は青天の霹靂なのだ。
初対面の時に彼の顔の中に少しでも負の感情を見つけてしまったら、立ち直れる気がしない。
誰だって進んで事故には遭いたくないのである。
だから、アルベルティーナは離婚を選択したのだ。
コルドはしみじみと頷いた。
「家令の帰還連絡をもらったから王都に向けて旅をしているのか?」
「そうなんですよ。停戦の連絡が国中を駆け巡ったあと、新聞に帰還する人たちの名前が順番に掲載されたじゃないですか。そこに家令の名前も書かれてあったんです」
「そうか。よかったな」
「はい。わたしの夫も無事だそうで。たぶん、最初に帰るのは、王都にある家の方だなって思ったので、王都に向かうことにしたんです」
「ベルの夫も戦に行っていたのか」
「ああ、そういえば話していませんでしたね。お家騒動の一環? として、戦地に将校として送られてしまいまして。これは夫の社会的地位では義務のようなものでもあるので、断ることができずに前線に送られたと聞きました」
「……そうか。人にはそれぞれ、色々あるものだな」
コルドが遠い目をした。
きっと様々な理由で戦地へ送られた者たちを見てきたのかもしれない。
長引く戦の士気を上げるためにとか何とか理由をつけ、王妃はコンラードを戦場へ送ったのだ。宮殿に置いておくよりも死ぬ確率が上がるだろうと見込んで。
四年前のことだった。コンラードは十八歳で前線に向かうこととなった。
さすがにあの時は、心臓が掴まれたようにきゅうと痛んだ。
顔も知らない夫の無事を祈った。何かできることはないかと考えた末に四つ葉のクローバーの刺繍を刺した手巾をドナシアンに託した。
結婚している事実を彼が知らないのであればドナシアンのところで止まっているような気がする。
「いよいよ、ベルは夫に会えるんだな」
「そう……ですね。ちょっと、ドキドキしちゃいますよね。どう名乗ればいいのか分からないので、まずは家令に連絡を入れようと考えていますけれど」
「きっと、いい関係を築けるさ」
コルドが柔和に目を細めた。
希望を口にしてくれる彼の顔を眩しく見つめる。
まだ見ぬ夫と、同じ色の髪色だ。目の色は、コルドがきれいな紫色で、夫は灰色だ。
領地の屋敷にはコンラードの小さい頃の絵姿がかけられていて、アルベルティーナはよく想像したものだ。あなたは一体どんな青年に成長したのかしら、と。
話をしていたせいか、王都はもうすぐ目と鼻の先になっていた。
アルベルティーナは王都に入ってすぐの広場で荷馬車から降ろしてもらい、コルドたちと別れることになった。
「ベルの未来に幸あらんことを」
「あなたもね、コルド。幸運を祈っているわ」
アルベルティーナは手を振り、彼らを見送った。
「いい人たちだったわね」
「一昨日、お嬢様が帰還兵に絡まれた時などは、軍人など乱暴者ばかりだと憤慨しましたが、あのコルドという青年はなかなかに好青年でしたねえ」
旅のお供を務めてくれているばあやがしみじみと頷いた。
「彼がああして帰って来られたのも、コンラード様が停戦をもぎ取ったからなのよね。すごいわ、わたしの旦那様」
荷馬車を見送りながら、一人呟いた。
ようやく王都に辿り着いたのだ。
まずは宿の部屋を取って、ドナシアン宛に手紙を書かなければ。彼もしばらくの間は軍関係の施設に留まっているだろうから。もしくは王都に(一応)あるロッシュヴァン公爵家の邸宅に戻っているかのどちらかだろう。
コルドはアルベルティーナが純粋に夫に会いに来たと考えているようだったが、実はそうではない。
アルベルティーナはコンラードと離婚をするためにはるばる王都までやって来たのだ。
四年前に戦の善戦に贈られたコンラードは、功績をあげまくった。
停戦に持ち込んだのは現地での彼の交渉力のおかげだし、条約はサルドネが有利な条件で結ばれるだろうとも聞こえてくる。
つまり彼は戦争終結に貢献した英雄なのだ。
国王はもう、コンラードを無下に扱うことはできない。
それには、もう一つ理由があった。
国王夫妻の第一子である王太子が落馬事故に遭い重傷を負ったのだ。
その場で一命は取り留めたものの、治療の甲斐なく事故からひと月後に命を落とした。
今から一年と三か月前のことだった。
国王には五人の子供がいた。王太子の下には三人の王女が続き、そのあとに生まれた第二王子は現在二歳の誕生日を超えて数か月が経ったばかり。
三人の王女たちは、戦を終えたばかりの難しい局面の政治になど携わりたくはないと言い、婚約者候補の選定に躍起になっているのだと伝え聞こえてくる。
必然的にコンラードの重要性は増すというものだ。それを抜きにしても彼は停戦の立役者だ。
この機会に、彼はその存在をサルドネ国内に知らしめ、王妃に踏みにじられることないように力を蓄えるべきだ。
具体的にどうするかといえば、やはり後ろ盾となり得るような大貴族の娘との婚姻だろう。これが一番いいと思う。
アルベルティーナは、ドナシアン宛に手紙をしたためた。
まずは無事を喜ぶ旨を。その次にコンラードと離婚を希望する旨を書き、ついでにできれば生活拠点としてロッシュヴァンの土地のどこかに庭付き一軒家がほしいことも追記しておく。
「お嬢様……。本当にドナシアン様に届けるのですか?」
「だって、公爵夫人って柄じゃないじゃない」
気が進まないという声を出すばあやに向けて、アルベルティーナはにへらっと笑った。
コンラードはこれまでたくさん苦労してきたのだ。
対するアルベルティーナは、彼から手紙の返事こそこなかったが、周囲の大人たちに守られ、のほほんと暮らしてきた。
彼には幸せになってもらいたい。そのためには分かりやすい後ろ盾が必要だ。
だからアルベルティーナは身を引こうと考えたのだ。
それに……。
(はじめまして、あなたの妻ですって自己紹介をしたあとに……少しでも拒絶の色を見せられたら……悲しくて泣いちゃいそうだもの)
彼にとってアルベルティーナとの結婚は青天の霹靂なのだ。
初対面の時に彼の顔の中に少しでも負の感情を見つけてしまったら、立ち直れる気がしない。
誰だって進んで事故には遭いたくないのである。
だから、アルベルティーナは離婚を選択したのだ。