どうも、結婚から7年放置された妻です
「たたたた大変です!」
「どうした。ドナシアン」
王都に帰還した翌日の夜、バタンという扉を開ける大きな音と共に入室してきたのは、元は父の侍従で、現ロッシュヴァン公爵家の家令だった。
もうすぐ五十に届くという年なのだが、元々騎士だったこともあり、またつい先日まで戦場の後方補給部隊に携わっていたこともあり、実際の年よりも若く見える男である。
普段はもっと余裕のある男なのだが、彼にしては珍しく動転している。
「りりり……りこっ……離婚」
「離婚? おまえ、いつの間に結婚していたんだ?」
独身だったと記憶しているが。
「私ではありません! コンラード様の奥様から、り、り、りこ……離婚したいと、ててて手紙が」
「俺の奥様ねえ」
相槌を打ったコンラードは十数秒後、眉根を寄せた。
「…………………………ん?」
何か、聞き捨てならない台詞を吐かれたような……。
もう十秒、コンラードはドナシアンの台詞を頭の中で咀嚼した。
離婚。コンラード様の奥様。手紙。
「ちょっと待て! 俺の奥様だと⁉ 俺は独身のはずだがっ⁉」
「ええそうでしょうとも。コンラード様がその認識でいてくださったことに大変安心しましたぞ」
「いや待て。おまえ今俺の妻から離婚がどうのとか言っていたよな? その口でどうして俺が独身で安心するんだよ。分かるように説明しろ」
大の男が二人して大声で喚き散らすから、室内は一気に騒々しくなった。
「コンラード様はすでにご結婚されているのです」
「……悪い、ドナシアン。俺に分かるように説明してくれ」
ちょっと言っていることの意味が分からない。
「コンラード様が十五になる手前の頃、一人の女性留学生の後ろ盾になっていただきたいと私からお願いしたことを覚えていらっしゃいますか」
「……ああ。覚えている。確か、王妃殿下が関わっている慈善事業だったか。今度は何の嫌がらせかと身構えたが、中身は何の変哲もない普通の慈善事業だったな。母国にいられない理由持ちの貴族のお嬢さんを女子修道院併設の寄宿学校へ入学させるとかそういう話だったか……」
「ええ、私が必死になって理由を考えました」
何か聞き捨てならない相槌を打たれた気がしたが、ひとまず今は彼の話を聞こう。
「コンラード様に署名を求めました書類が、実は婚姻契約書でした」
「ちょっと待て」
さすがに今度は話を遮らせてもらう。
「コンラード様に気付かれないよう、たくさんの書類の一つとして紛れ込ませ、さらには集中力を欠いている疲れ切った時分を狙い、署名を急かしました」
「だから待てと言っている」
「これも全てはお二人をお守りするためだったのです」
「……分かった。聞けばいいんだな。おまえの告白を」
半眼になったコンラードはドナシアンに着席を促した。
「妃殿下は、コンラード様が国内の有力貴族と婚姻関係による後ろ盾を得られることを厭い、手っ取り早く妻を宛がってしまえとお考えになられたのです」
そうして選ばれたのが外国の伯爵家の娘だという。サルドネ国内から選ぶよりも隣国の貴族の娘の方が後腐れないと考えたらしい。当時まだ十歳だった少女をお取り寄せ、コンラードの妻を見つけてやったとドナシアンに告げたらしい。
「十歳……?」
年齢に引っかかりを覚えた。つい最近どこかで聞いた話である。
「コンラード様と一緒に住まわせてやってもいいと妃殿下はおっしゃられたのですが、コンラード様の大切なものを傷つけることを楽しまれている風情の妃殿下の毒牙にかかってはまずいと、私の独断で領地にて預かることにし、コンラード様の命令によるものだと妃殿下にお伝えしました」
考えた末にコンラードに結婚した事実を隠すことにしたのだと続けた。
彼の説明は一理あった。あの王妃ならやりそうなことである。あの女はコンラードが可愛がっていた動物たちを殺したことがあった。
ドナシアンに手を出さなかったのは、彼が前王の腹心だったおかげで、方々に顔が利くほどの人脈を得ていたからだ。
「奥様はコンラード様へ手紙を書いて私に託してくれていたのですが……。このような理由から私が代読し、今日まで大切に保管しておりました」
ドナシアンが語る内容に既視感がありまくりなのだが……と、コンラードの心臓が早鐘を打ち始める。
そう、一昨日王都へ向かう荷馬車で似たような政略結婚の話を聞いたばかりではないか。
あの時は、大きな家というのはどこも内情は泥沼なんだなと遠い目をしたのだが。
いや、彼女の夫が兄嫁に快く思われていないあたりで気付くべきだった。
(彼女はベルという名前だった。俺は仲間内で呼ばれているコルドという愛称を名乗った……)
そういえばコンラードは肝心なことを聞いていないことを思い出した。
「……ちなみに……俺の妻は……名を何というんだ?」
「どうした。ドナシアン」
王都に帰還した翌日の夜、バタンという扉を開ける大きな音と共に入室してきたのは、元は父の侍従で、現ロッシュヴァン公爵家の家令だった。
もうすぐ五十に届くという年なのだが、元々騎士だったこともあり、またつい先日まで戦場の後方補給部隊に携わっていたこともあり、実際の年よりも若く見える男である。
普段はもっと余裕のある男なのだが、彼にしては珍しく動転している。
「りりり……りこっ……離婚」
「離婚? おまえ、いつの間に結婚していたんだ?」
独身だったと記憶しているが。
「私ではありません! コンラード様の奥様から、り、り、りこ……離婚したいと、ててて手紙が」
「俺の奥様ねえ」
相槌を打ったコンラードは十数秒後、眉根を寄せた。
「…………………………ん?」
何か、聞き捨てならない台詞を吐かれたような……。
もう十秒、コンラードはドナシアンの台詞を頭の中で咀嚼した。
離婚。コンラード様の奥様。手紙。
「ちょっと待て! 俺の奥様だと⁉ 俺は独身のはずだがっ⁉」
「ええそうでしょうとも。コンラード様がその認識でいてくださったことに大変安心しましたぞ」
「いや待て。おまえ今俺の妻から離婚がどうのとか言っていたよな? その口でどうして俺が独身で安心するんだよ。分かるように説明しろ」
大の男が二人して大声で喚き散らすから、室内は一気に騒々しくなった。
「コンラード様はすでにご結婚されているのです」
「……悪い、ドナシアン。俺に分かるように説明してくれ」
ちょっと言っていることの意味が分からない。
「コンラード様が十五になる手前の頃、一人の女性留学生の後ろ盾になっていただきたいと私からお願いしたことを覚えていらっしゃいますか」
「……ああ。覚えている。確か、王妃殿下が関わっている慈善事業だったか。今度は何の嫌がらせかと身構えたが、中身は何の変哲もない普通の慈善事業だったな。母国にいられない理由持ちの貴族のお嬢さんを女子修道院併設の寄宿学校へ入学させるとかそういう話だったか……」
「ええ、私が必死になって理由を考えました」
何か聞き捨てならない相槌を打たれた気がしたが、ひとまず今は彼の話を聞こう。
「コンラード様に署名を求めました書類が、実は婚姻契約書でした」
「ちょっと待て」
さすがに今度は話を遮らせてもらう。
「コンラード様に気付かれないよう、たくさんの書類の一つとして紛れ込ませ、さらには集中力を欠いている疲れ切った時分を狙い、署名を急かしました」
「だから待てと言っている」
「これも全てはお二人をお守りするためだったのです」
「……分かった。聞けばいいんだな。おまえの告白を」
半眼になったコンラードはドナシアンに着席を促した。
「妃殿下は、コンラード様が国内の有力貴族と婚姻関係による後ろ盾を得られることを厭い、手っ取り早く妻を宛がってしまえとお考えになられたのです」
そうして選ばれたのが外国の伯爵家の娘だという。サルドネ国内から選ぶよりも隣国の貴族の娘の方が後腐れないと考えたらしい。当時まだ十歳だった少女をお取り寄せ、コンラードの妻を見つけてやったとドナシアンに告げたらしい。
「十歳……?」
年齢に引っかかりを覚えた。つい最近どこかで聞いた話である。
「コンラード様と一緒に住まわせてやってもいいと妃殿下はおっしゃられたのですが、コンラード様の大切なものを傷つけることを楽しまれている風情の妃殿下の毒牙にかかってはまずいと、私の独断で領地にて預かることにし、コンラード様の命令によるものだと妃殿下にお伝えしました」
考えた末にコンラードに結婚した事実を隠すことにしたのだと続けた。
彼の説明は一理あった。あの王妃ならやりそうなことである。あの女はコンラードが可愛がっていた動物たちを殺したことがあった。
ドナシアンに手を出さなかったのは、彼が前王の腹心だったおかげで、方々に顔が利くほどの人脈を得ていたからだ。
「奥様はコンラード様へ手紙を書いて私に託してくれていたのですが……。このような理由から私が代読し、今日まで大切に保管しておりました」
ドナシアンが語る内容に既視感がありまくりなのだが……と、コンラードの心臓が早鐘を打ち始める。
そう、一昨日王都へ向かう荷馬車で似たような政略結婚の話を聞いたばかりではないか。
あの時は、大きな家というのはどこも内情は泥沼なんだなと遠い目をしたのだが。
いや、彼女の夫が兄嫁に快く思われていないあたりで気付くべきだった。
(彼女はベルという名前だった。俺は仲間内で呼ばれているコルドという愛称を名乗った……)
そういえばコンラードは肝心なことを聞いていないことを思い出した。
「……ちなみに……俺の妻は……名を何というんだ?」