ガテン系おまわりさんの、溺愛彼女
 黒崎さんは、驚いたように目を丸くする。しかし彼の表情は、すぐに笑顔に変わったのだった。

「代金のことは気にしないでください」

「ででで、でも……」

「大丈夫ですから、ね?」

 言い聞かせるような彼の口ぶりは、子どもを前にして困惑する黒崎さんを落ち着かせる時の、私の口調にそっくりだった。

「……とりあえず。風邪を引かないように、先に風呂入って来てください」

「い、いえいえ! 黒崎さんだってびしょ濡れじゃないですか! 私はさっき温かいハーブティーをいただいたので……黒崎さんが先に行ってください!」

「いえ、橘さんがお先に」

「いやいや! 黒崎さんが、どうぞお先に!!」

 私が一歩も譲らないでいると、黒崎さんは右手でグーを差し出した。

「分かりました。だったら、じゃんけんで決めましょうか。夏祭りの時みたいに」

 そう言って、黒崎さんは悪戯っぽく笑う。彼もこれ以上引かないのだと察した私は、観念して頷いた。

「分かりました。じゃあ、一発勝負でいきましょう」

「よし。じゃあ……最初はグー! じゃんけんポン!」

 結果は、私がチョキを出してから……黒崎さんがグーを出した。完全なる、後出しである。

「ずるい、黒崎さん! もう一回やりましょうよ!!」

「ダメです、勝負は一回きりですから。諦めて行ってください」

「ずーるーいっ!」

 私は口で抵抗したものの、黒崎さんに肩を押されてバスルームへと連行されてしまった。

「シャンプーとかボディソープは洗面台の横です。バスローブやパジャマは棚に置いてあるので、好きな方を着てください」

 そう言い残して、黒崎さんは立ち去って行った。私は諦めて、服を脱ぎ始める。

(それにしても……黒崎さん、ここのホテルにとっても詳しいような?)

 アメニティやルームウェアの置き場所なんて、初めて行ったホテルならば探さないと分からないはずだ。それに、先ほどの「大丈夫」という言葉も、妙に引っかかる。

(黒崎さんって一体……?)

 よく知った相手には、自分の知らない一面が存在する。そんな気がしてならなかった。
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