ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
◇
本当ならばスイスにいたはずの一週間、翠は自室で考え事を続けていた。
ベッドに仰向けに寝転んでいると、コロッケをつまみ食いしていた時の父の顔が思い浮かぶ。
――意外だったな。
お父さんが昔の恋の話をしたことなんて今までなかったのにな。
なんかお母さんのことを話してると、目がキラキラしちゃってて、こっちが恥ずかしくなっちゃったよね。
蒼也さんも、私の前ではいつもあんなふうな目をしていた気がするけど、あれは気のせいだったのかな。
翠はふと、あまり記憶にない母のことを思った。
お母さんがいたら、蒼也さんのこと、どう思うかな。
なんかアドバイスしてくれたかな。
こんな大事な時なのに、相談できないなんて……。
子どもの頃の約束なんて、大人になった今、いつまでもしがみついていてはいけないんだろうし、向こうだってそう思ってるんだろうな。
とは言っても、あの時の約束が嘘だったわけじゃないし、解消しようなんて思ったこともないし、向こうから言われたこともない。
あの約束は本物だったのに、偽装結婚で終わっちゃうのはやっぱり悲しいんだ。
だって、やっぱり、私、蒼也さんのことが……好き……だから。
自分の頭の中でいくら考えてみても、何度も同じことの繰り返しだった。
恋って、一人じゃ決められないんだよね。
やっぱりちゃんと話してみなくちゃいけないんだろうな。
スマホを持ち上げて翠は何度も返信をしようとしたが、打った文字を結局キャンセルしてしまうのだった。
画面を遡って蒼也からのメッセージを何度も読み返し、スマホを胸に抱くと、涙があふれ頬を伝う。
――こわいんだ。
お父さんとおんなじだ。
いい方に出るとは限らない答えを知るのがこわいんだ。
雷をこわがる子どもみたいにギュッと目をつむって、時が過ぎていくのを待っていても解決はしないって分かってるのに。
蒼也さんと話すのがこわいんだ。
行き場のない思考の渦に飲み込まれていつのまにか眠ってしまい、しだいに昼と夜が逆転した生活になっていた。
休暇の最終日、昼過ぎに蒼也が実家に訪ねてきた。
応対したのは父だった。
「お父さん、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」と、スーツ姿の蒼也がきっちり腰を折って頭を下げた。
「いや、ちょっとした行き違いでしょうから」と、父は翠を呼んだ。
少し前に目覚めて髪には軽くブラシをかけてあったものの、くたくたなTシャツのまま翠は蒼也に対面し、サンダルを突っかけて表に出た。
「少し散歩しませんか」
「お、おう……」
素直な翠に蒼也はたじろいでいたが、陽炎揺らめく住宅街の道路を二人は並んで歩いた。