かんざし日和 ――恋をするのに遅すぎることなんかない

第三話 「レジにて」

 ピッ、ピッ。商品のバーコードを読み取りながら、志乃は顔を上げた。

「こちらにどうぞ」

 男性客が、かごをレジ台にそっと置いた。長身で、シャツにくたびれたジャケットを羽織っている。見覚えのある顔だ。何度か来店しているのはわかっていたが、どこか浮世離れした空気をまとっていて、印象に残っていた。

 今日も相変わらず無口な人――そう思ったそのときだった。

「……そのかんざし、今日のは桜ですか?」

 一瞬、手が止まる。

「ええ。春ですから」
 志乃は、微笑んだ。

 こうして客にアクセサリーを褒められることは、たまにある。でもこの人が、そんな言葉を口にするとは思っていなかった。

「昨日は梅と鶯だったような……いえ、間違ってたらすみません」

「合ってますよ」
 少しだけ、声が柔らかくなるのが自分でもわかる。
「よく見てらっしゃいますね。お客さま、観察力が鋭いんですね」

 彼はわずかに目をそらしながら、言葉を探すように口を開いた。

「つい……気になってしまって。なんとなく、毎回、違うような気がして」

――毎回、見ていたの?

 胸の奥に、ほんの小さな波紋が広がった。けれど、それは嫌な感じではなく、むしろ、どこかあたたかい。

「ありがとうございます」
 そう言って、志乃はかごを精算機のサイドテーブルに置いた。

「2番の精算機でお願いいたします」

 彼が軽く会釈して離れていくのを、志乃はいつものように見送った。

――名前も、何も知らないのに。

 それでも、レジに立つこの場所が、ほんの少しだけ違って見えた気がした。
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