かんざし日和 ――恋をするのに遅すぎることなんかない
第四話 「かんざし」
レジ業務が終わり、バックヤードでエプロンを外す。いつものように折りたたんでロッカーにしまう手が、ふと止まった。
――そのかんざし、今日のは桜ですか?
昼間の、あのひと言がよみがえる。研究者のような風貌の男性客。少し不器用そうで、けれど、まっすぐな眼差しだった。
志乃は、ふっと笑ってしまう。
あんな風に、かんざしのことを話しかけられたのは初めてだった。よく見ていなければ気づかないような、小さな違い。毎日違うものを選んでいるとはいえ、気づいても口にする人は少ない。
――つい、気になってしまって。
その言葉が、頭の片隅に残っている。何が“気になった”のだろう。かんざしの模様か、自分のことか。考えたって答えが出るわけではないけれど、不思議と、嫌な気はしなかった。
ロッカールームを出てから、帰り道にコンビニに寄った。夕方の風が、まだ冬の名残を残している。駅前のガラスに映る自分の姿に目をやりながら、志乃は小さく髪を直した。
――あの人、明日も来るかしら。
ふと、そんなことを考えている自分に気づいて、胸の奥が少しくすぐったくなる。
レジに立っていれば、たくさんの人とすれ違う。その中で、誰かの姿を思い浮かべることが、こんなにも自然に心に残るなんて――。
志乃は、コートのポケットの中でそっと手を握った。明日も、いつも通りの自分でいようと思う。でもその「いつも」の中に、小さな変化が生まれていることにも、気づいていた。
――そのかんざし、今日のは桜ですか?
昼間の、あのひと言がよみがえる。研究者のような風貌の男性客。少し不器用そうで、けれど、まっすぐな眼差しだった。
志乃は、ふっと笑ってしまう。
あんな風に、かんざしのことを話しかけられたのは初めてだった。よく見ていなければ気づかないような、小さな違い。毎日違うものを選んでいるとはいえ、気づいても口にする人は少ない。
――つい、気になってしまって。
その言葉が、頭の片隅に残っている。何が“気になった”のだろう。かんざしの模様か、自分のことか。考えたって答えが出るわけではないけれど、不思議と、嫌な気はしなかった。
ロッカールームを出てから、帰り道にコンビニに寄った。夕方の風が、まだ冬の名残を残している。駅前のガラスに映る自分の姿に目をやりながら、志乃は小さく髪を直した。
――あの人、明日も来るかしら。
ふと、そんなことを考えている自分に気づいて、胸の奥が少しくすぐったくなる。
レジに立っていれば、たくさんの人とすれ違う。その中で、誰かの姿を思い浮かべることが、こんなにも自然に心に残るなんて――。
志乃は、コートのポケットの中でそっと手を握った。明日も、いつも通りの自分でいようと思う。でもその「いつも」の中に、小さな変化が生まれていることにも、気づいていた。