警視正は彼女の心を逮捕する
 彼が、怖いくらいに真剣な表情をしている。

 仕事関係者からは『彼の鷹の目(ホークアイ)は何事も見逃さない』と噂されていると。
 静かな佇まいの人なので、怜悧な印象が強いのだろうか。
 あるいは『日本刀』と噂されているらしいと教えてもらったっけ。

 ……誰に?
 違う。今、気にするのはそこじゃない。

 私の前ではいつも柔らかな表情をしてくれているから、こんな獰猛な顔をする人だと知らなかった。

 いつもなら黒真珠のような双眸は、抑えきれぬ情熱から揺らめいている。
 なのに口元は、不思議なほど甘さを湛えている。

 人々は私の答えを待ち、固唾を飲んでいる。

 イタリアで、男性が意中の女性の前に膝まづいて愛を乞う姿を幾度も見た。
 いつか地味で平凡な私にもそんなときが来ると、憧れていた。
 今、まさにそのシーンを迎えている。

 ……でも、鷹士さんは。
 目の前の彼は、あのときに思い描いていた人ではなくて……。

「   」

 私の唇は動いて。
 周囲の人がワーっと湧いた。



 館内はなにごともなかったような落ち着きを取り戻した。 
 とはいえ、公開プロポーズを目にした人々が私達をみかけるたび、声をかけてくる。

「おめでとうございます!」
「末長くお幸せに!」

「ありがとう」

 そのたびに鷹士さんはにこやかに返事をする。
 余裕綽々な態度で第一展示室を出ると、第二・第三展示室へと回遊していく。
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