警視正は彼女の心を逮捕する
 彼は愛おしいという表情を隠しもしない。
 照れる。
 どこかに逃げ出したい。

 しかし。
 後門……じゃなくて後ろの通用口には、興味津々な顔をしている職員が鈴なりで。
 前には鷹士さん。

 正面突破を諦めて左右のどちらかに避けたところで、鷹士さんの手足のリーチの勝利だ、捕捉される。

 動けないでいると、ふわりと抱きすくめられた。
 きゃーっという、抑えているんだかいないんだかわからない声が後ろから聞こえる。

 私の背に手を添えたまま、鷹士さんが会釈しているような動きが伝わってきた。

「日菜乃」
「ひゃっ」

 耳元で囁かれ、つい口に出てしまった。
 あ、と口を押さえたけれど、聞こえてしまったらしく、面白そうな表情を浮かべている。

「こら」

 叱責のはずの言葉が、妙に甘く聞こえるのはなぜなんだろう。  

「なんで飛び上がって驚くんだ? 未来の夫に向かって」

 顔を上げさせられた。
 こつん、と指の関節で頭を叩かれる。
 全然痛くない。
 こいつめぇ、とツンツンされているような感じ。

 再び耳元で囁かれた。

「逢いたかった」

 艶めいた声に、背筋をなにかが走り抜ける。
 腰が砕けそうになったのを気づかれたのか、力強い腕で抱きしめられた。 
 彼の胸に包みこまれる。
 いい匂い。
 無意識に深く吸いこみそうになり、慌てて呼吸を止める。

「行こうか」

 声をかけられた。
 どこに?
 問うよりも先に抱擁を解かれた。
 ……寂しいなんて、思ってない。

「さて、今日はこの美術館に行こうか」

 携帯で展示情報を見せてくれた。気になっていたやつ。

「いいですね!」

 顔を輝かせてから、あることに気づいて表情を戻す。
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