警視正は彼女の心を逮捕する
「……あの。いくらゴニョゴニョしているからって、私の好きなところばかり行かなくていいんですよ?」

「聞こえない」

 ずい、と口元に耳を寄せられる。
 絶対にわざとだ。

「読唇術とか出来そうなくせに」

 私が苦し紛れに呟けば、今度は心外だとばかり目を覗きこまれる。

「日菜乃の中の俺が超有能そうで嬉しいけど。この暗闇の中で唇の動きが読み解けるわけないだろう」

 いや、鷹士さんなら出来そう。
 私の顔から考えを読み取ったのか、にっこりと微笑まれてしまう。
 流れ弾にあたったらしい、後ろにいた職員からひぁああと黄色い悲鳴が漏れた。
 ……ご多分にもれず、私も大打撃を受けた。

 あれ? 
 この人って、こんなにアモーレな人だったろうか? 
 頭の片隅でぼんやり考える。

 堅苦しいほどに真面目。
 ストイックで武芸者みたいな彼はどこに行ったの? 
 スーツの中には、情熱男子が潜んでいたのだろうか。

「妻からの信頼を裏切って心苦しいな。あとでたっぷり謝るから、許してほしい」

 色気たっぷりな口調は、謝罪のときに使うべきではないのでは?

「た、たっぷりって。ナンデスカ」

 圧を感じてしまい、カタコトになる。
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