警視正は彼女の心を逮捕する
 息を呑む。

「お、落ち着いてください。私を傷つけても贋作の事実は覆らないです」

 なだめられないか、試みた。

「お前さえいなければ。御前の寵愛を失わずに済んだものを」

 ……『ゴゼン』? この男性は、誰に失恋したんだろう。
 私の知っている人かな。
 ううん、今はいい。この人からまずは距離を取らないと。

 私はジリジリと後退る。
 ずい、と近づいてくる男の人。

「お前さえいなければ、まだ挽回できる……」
「できないです、自首してください」
「まだ、大丈夫」

 聞いてない。この人、目がイっちゃってる。

 ああ、私。
 この状況を無事切り抜けられたら、しばらく通用口から出入りしないんだから——!

 白刃が迫ってきて、私は目をぎゅっとつむる。
 鷹士さん!
 大好きな人の名前が心に浮かんだ。

「日菜乃っ!」

 必死な声が聞こえてきた。
 まるで鷹士さんの声みたい。

「俺の日菜乃に何をする!」

 怒鳴り声がしたと聞こえた、瞬間。
 目の前を黒っぽいものがひゅっとよぎり、男の人が地面に叩きつけられた。

 黒っぽいものが振り返りざま、私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。

「無事でよかった……!」

 ほっとしたような泣きそうな鷹士さんの声と、遠くで「かくほ!」と怒鳴っている声。
 我慢の限界を超えた私は、意識を手放した。
 ぐう。

 
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