大国に嫁いだ小国の姫は国家機密を知り影武者と取引する【完結】
「そうそう、ミトと初めて会った時、オレの名前を聞いたよな」

影は無理矢理話題を変えた。

「あ~、そんなこともあったわよね。なんか、すんごい昔みたいに感じる」

「あれ、わかったぜ」

「え?」

「オレの名前」

「ホント!?」

ミトはいそいそと準備したお茶をテーブルの上に置いた。

「なんだ、そんなに興味あるか?」

「あるある」

うんうんと頷くミト。
その仕草がなんだか可愛らしくて、影は思わず微笑んだ。

「知りたいか?」

「知りたい知りたい」

「聞きたいか?」

「聞きたい聞きたい」

「教えてほしいか?」

「教えて教えて…って、ちょっと!もったいつけないでよ!」

「あっはっは。おもしれ~」

影は声を出して笑った。

「なんでそんなに興味あるんだよ」

「だって、名前がないと不便じゃない。ず~っと、『あなた』とか『ねぇ』とか呼んでたけど、そういう呼び方、本当は好きじゃないんだもん」

「そういうもんか?」

「いいから教えてよ」

「そこまで言うなら教えてやらなくもない」

ミトは黙って影の次の言葉を待った。
しばし沈黙。

「やっぱやめようかな」

「遊ばないでってば!」

「わかったわかった。セルディオだよ」

「え?もう1回」

もったいつけたわりに、あまりにもサラッと言われて、ミトはよく聞き取れなかった。

「ちゃんと聞けよ」

「いいから、もう1回教えて!」

今度は聞き逃すまいと、ミトは影に集中する。

「セルディオ」

「セルディオ…」

ミトはその名を噛み締めるように復唱した。

「セルディオ、ね。うん、素敵な名前。なんだか厳かな印象を受けるわ」

ミトは笑顔でセルディオを見て、その名を呼んだ。

「セルディオ。ねえ、これから名前で呼んでもいいでしょう?」

「ああ!?」

ミトに名を呼ばれ、影の心の中に不思議な暖かさが広がった。
照れ隠しで思わず怒ったような声を出してしまう。
母親からセルディオを呼ばれても、まるで別の知らない誰かの名を聞いているような、無機質な気持ちになるだけだったのに。
なぜだろう、ミトがその名を呼ぶと、くすぐったいような、嬉しいような、なんとも言えない気持ちになった。
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