冷酷検事は揺るがぬ愛で契約妻を双子ごと取り戻す
真っ先に思い浮かんだのは、父に罪をなすり付けた真犯人だ。
せっかく別の人間が有罪になって刑務所に入ったというのに、再審で逆転無罪となりまた自分に捜査の手が伸びたらと思うと、気が気ではないだろう。
そして次に思い浮かんだのが、裁判を担当した検事の顔だ。眼鏡をかけていて、髪を一本残らず後ろに流して固めてある隙のない印象の中年男性。
名前は忘れもしない、権藤という人だ。食堂では見かけたことがないけれど、もしもまだ東京地検にいるとしたら、私と鏡太郎さんのことを知っていてもおかしくない。
自分が罪を立証した被告人が無罪になったら、その経歴に傷がつく。完璧主義でプライドが高いタイプの検事だとしたら、許しがたいことだろう。
だけど、仮にも検事である人が、我が身かわいさだけで交通事故を企てたりする……?
考えてもハッキリした結論は出せそうにないし、どちらの人物も無関係かもしれない。
とりあえず、今私ができることは、私と鏡太郎さんに敵意を持っている人物が誰であるのかを知ることだ。
「……行ってきます」
弓弦の部屋の前で、小さく呟く。
何事もなければ弓弦が起きる前には帰宅できるだろう。なにかが起きてしまった時のことは……そうなったら考えればいい。
玄関を出て行く直前、キッチンの包丁を持ち出すかほんの一瞬悩んで、でもすぐに打ち消した。
『例えばそのバッグの中にナイフが入っていたとしても、きみは俺を刺せない。そういう人だと思う』
前に鏡太郎さんがそう言ってくれたことを思い出したのだ。
あの時は私をけん制しているのかとも思ったけれど、きっと違う。私が人を刺すような人間じゃないと、彼は心から信じていたのだ。
その思いを裏切りたくなかった。