冷徹専務は、私の“嘘”に甘くなる
秘密のメモ帳
「これ、前回とファイル名の付け方が違う。統一してくれ」
その日もまた、一ノ瀬専務の指摘は一言だった。淡々とした口調。わずかな目線の動き。怒鳴られるわけでも、声を荒らげられるわけでもない。ただ“完璧ではない”という事実を、静かに突きつけられる。
「……申し訳ありません。すぐに修正します」
資料を持って席を離れるとき、背中に冷たい視線を感じた気がした。振り返ることはできなかった。けれど、心の中にはまたひとつ、“できなかったこと”が積み重なっていく。
資料のファイル名。たったそれだけのこと。でも、ビジネスの場では“たったそれだけ”が積み重なって、評価になる。
私の毎日は、小さな“できなかった”でできていた。
落ち込んでいる暇もない。席に戻ってすぐ、自分のノートにこっそり記録を残す。
《×:日付_会議名_資料 → ○:会議名_日付_資料ver》
自分なりにルールをまとめるようになったのは、数日前からだった。
「昨日よりはマシ」と言われたあの日、私は帰宅後、専務に言われたことを思い出しながら、ノートにひとつずつ書き込んでいった。
“失敗ノート”とも言えるそのメモ帳は、最初こそただの備忘録だった。でも、次第に私はそれを“自分の地図”のように感じるようになっていた。
《敬語の言い回し(NG→修正例)》
《PDF変換時の注意点(表紙・ページ順)》
《ホチキス止めは左上、原本はバインダー綴じ》
どれも、先輩たちにとっては常識で、言葉にせずとも身体に染みついているようなこと。でも、私にはまだわからないことだらけで、一つひとつを見落とせば、すぐに「仕事ができない」とレッテルを貼られてしまう。
だから、書く。気づいたこと、失敗したこと、指摘された内容。すべて、誰に見せるでもなく、黙々と書き溜めていく。
最初の頃は、ノートを開くだけで心が沈んだ。ページの端から端まで赤ペンの訂正と×印。開くたびに「私はダメなんだ」と突きつけられている気がした。
でも、ある日ふと気づいた。
《再提出→OK》《修正済》《完了》――
自分でつけたチェックマークや“済”の文字が、以前よりも増えていた。
見直すたびに、「あ、これはもう間違えない」と思える項目が増えていく。昨日できなかったことが、今日できるようになっている。小さな成長。でも、たしかに進んでいる証だった。
他の先輩たちは、そんな私のメモ帳には目もくれない。
「そんなの書いてたら時間がもったいないよ〜」 「どうせ怒られるんだから、忘れるほうが楽じゃない?」
笑われたこともあった。わざとらしくため息をつかれたこともあった。
でも、私は笑い返す代わりに、そっとノートを閉じるだけだった。
誰に何を言われても、このノートは私の“味方”だったから。
ある日の午後、一ノ瀬専務が会議から戻るタイミングに合わせて、お茶を用意した。何気なく選んだのは、以前彼が何の感情も見せずに飲み干していた銘柄だった。数ある種類の中で、ほんのわずかに手を止めていた、あのときのお茶。
「お疲れさまです。こちらどうぞ」
トレイの上に置かれたカップを見た専務の目が、一瞬だけ止まった。驚いたようでもなく、でもどこか“気づいた”ような表情。
言葉はなかったけれど、私はそれだけで十分だった。
(覚えてたって、気づいてくれたかもしれない)
その日、帰り道でそっとメモ帳を開いた。
《専務が一瞬だけカップを見て止まった。たぶん、気づいた》
そこに“たぶん”と書いたのは、根拠がなかったから。でも、心の奥にほんの少しの光が差したような気がしたから。そうやって、自分の“できた”を重ねていきたいと思った。
ある晩、ノートを開いたまま、ぼーっとしているとき、ふと気づいた。最初のページにびっしりと書かれた「できなかったこと」たちが、今ではほとんど赤ペンで塗りつぶされていた。
《できなかった》は、《できるようになった》に変わっている。
時間はかかる。覚えるのも遅い。人よりも容量が悪い。でも、それでも前に進んでいると自分で認められることが、何よりの励みになっていた。
「……もうちょっとだけ、頑張ってみよう」
自分の声に、自分でうなずいてから、私はメモ帳を丁寧に閉じた。背表紙には、自分で書いた言葉がある。
《昨日の自分を、今日、超える》
その言葉は、今や私の“お守り”だった。
その日もまた、一ノ瀬専務の指摘は一言だった。淡々とした口調。わずかな目線の動き。怒鳴られるわけでも、声を荒らげられるわけでもない。ただ“完璧ではない”という事実を、静かに突きつけられる。
「……申し訳ありません。すぐに修正します」
資料を持って席を離れるとき、背中に冷たい視線を感じた気がした。振り返ることはできなかった。けれど、心の中にはまたひとつ、“できなかったこと”が積み重なっていく。
資料のファイル名。たったそれだけのこと。でも、ビジネスの場では“たったそれだけ”が積み重なって、評価になる。
私の毎日は、小さな“できなかった”でできていた。
落ち込んでいる暇もない。席に戻ってすぐ、自分のノートにこっそり記録を残す。
《×:日付_会議名_資料 → ○:会議名_日付_資料ver》
自分なりにルールをまとめるようになったのは、数日前からだった。
「昨日よりはマシ」と言われたあの日、私は帰宅後、専務に言われたことを思い出しながら、ノートにひとつずつ書き込んでいった。
“失敗ノート”とも言えるそのメモ帳は、最初こそただの備忘録だった。でも、次第に私はそれを“自分の地図”のように感じるようになっていた。
《敬語の言い回し(NG→修正例)》
《PDF変換時の注意点(表紙・ページ順)》
《ホチキス止めは左上、原本はバインダー綴じ》
どれも、先輩たちにとっては常識で、言葉にせずとも身体に染みついているようなこと。でも、私にはまだわからないことだらけで、一つひとつを見落とせば、すぐに「仕事ができない」とレッテルを貼られてしまう。
だから、書く。気づいたこと、失敗したこと、指摘された内容。すべて、誰に見せるでもなく、黙々と書き溜めていく。
最初の頃は、ノートを開くだけで心が沈んだ。ページの端から端まで赤ペンの訂正と×印。開くたびに「私はダメなんだ」と突きつけられている気がした。
でも、ある日ふと気づいた。
《再提出→OK》《修正済》《完了》――
自分でつけたチェックマークや“済”の文字が、以前よりも増えていた。
見直すたびに、「あ、これはもう間違えない」と思える項目が増えていく。昨日できなかったことが、今日できるようになっている。小さな成長。でも、たしかに進んでいる証だった。
他の先輩たちは、そんな私のメモ帳には目もくれない。
「そんなの書いてたら時間がもったいないよ〜」 「どうせ怒られるんだから、忘れるほうが楽じゃない?」
笑われたこともあった。わざとらしくため息をつかれたこともあった。
でも、私は笑い返す代わりに、そっとノートを閉じるだけだった。
誰に何を言われても、このノートは私の“味方”だったから。
ある日の午後、一ノ瀬専務が会議から戻るタイミングに合わせて、お茶を用意した。何気なく選んだのは、以前彼が何の感情も見せずに飲み干していた銘柄だった。数ある種類の中で、ほんのわずかに手を止めていた、あのときのお茶。
「お疲れさまです。こちらどうぞ」
トレイの上に置かれたカップを見た専務の目が、一瞬だけ止まった。驚いたようでもなく、でもどこか“気づいた”ような表情。
言葉はなかったけれど、私はそれだけで十分だった。
(覚えてたって、気づいてくれたかもしれない)
その日、帰り道でそっとメモ帳を開いた。
《専務が一瞬だけカップを見て止まった。たぶん、気づいた》
そこに“たぶん”と書いたのは、根拠がなかったから。でも、心の奥にほんの少しの光が差したような気がしたから。そうやって、自分の“できた”を重ねていきたいと思った。
ある晩、ノートを開いたまま、ぼーっとしているとき、ふと気づいた。最初のページにびっしりと書かれた「できなかったこと」たちが、今ではほとんど赤ペンで塗りつぶされていた。
《できなかった》は、《できるようになった》に変わっている。
時間はかかる。覚えるのも遅い。人よりも容量が悪い。でも、それでも前に進んでいると自分で認められることが、何よりの励みになっていた。
「……もうちょっとだけ、頑張ってみよう」
自分の声に、自分でうなずいてから、私はメモ帳を丁寧に閉じた。背表紙には、自分で書いた言葉がある。
《昨日の自分を、今日、超える》
その言葉は、今や私の“お守り”だった。