君の鼓動を、もう一度
バスの中は、異様な静けさに包まれていた。だがそれは、恐怖と緊張に押し潰された“沈黙”だった。
銃を持った男が前方に立ち、低く怒鳴るような声で叫ぶ。
「動くな!携帯はもう回収した!勝手なことをすれば……撃つ」
その言葉とともに、バスの一番前で男性が座っていた座席の窓ガラスが、銃声と共に粉々に砕けた。悲鳴があがる。
「ひっ……!」
数人の女性が肩を震わせ、座席に身を潜める。中には過呼吸を起こしかけている人もいた。
美咲は、バスの中ほどの窓際に座っていた。周囲で震える人々の様子が目に映る中、じっと黙って前を見つめていた。
(落ち着いて……動いちゃダメ……)
内心では鼓動が早鐘のように打ち鳴らされていた。だが、心臓に負担をかけてはいけない。自分がここで発作を起こしたら、周りを巻き込むことになる。助けてくれる医者はいない、悠斗はいない。
そう思うと、怖くて体が硬直した。
「お願いです、トイレに……行かせてください……」
声を震わせて立ち上がろうとした若い男性がいた。
だが――
「座れって言っただろ!」
銃口が彼に向けられた次の瞬間、乾いた銃声が響く。
彼の足元に撃ち込まれた弾丸が、床に火花を散らすように弾けた。悲鳴。誰かが泣き出し、誰かが口元を押さえてうずくまる。
美咲はその様子を、夢の中の出来事のように見ていた。遠くから聞こえてくるような音、震える空気、誰かのすすり泣き。
目の前の現実が、どこか現実でないように感じてしまう。
(翔太……悠斗くん……)
心の中で、誰にも届かない名前を呼ぶ。
じっと、動かずに。震える手を、握りしめながら。
銃声が鳴り響いたあとは、しばらく誰も動こうとはしなかった。
沈黙の中、唯一響いていたのは――過呼吸を起こしている女性の荒い呼吸音だった。
「はっ……はっ……!う、うまく……息が……」
彼女は後部座席で、体を抱えるようにしてうずくまり、酸素を求めるように必死に空気を吸おうとしていた。
それに気づいたのは、美咲だった。
(このままじゃ……あの人、危ない)
一瞬迷ったが、美咲は小さく立ち上がると、周囲に悟られないよう身を低くしながら女性のもとへ近づいた。
「大丈夫、大丈夫だから」
優しい声でそう言って、女性の肩にそっと触れた。
「深呼吸して。私がついてる。吸って……吐いて……」
女性の肩が震えながらも、少しずつ呼吸が整い始める。
美咲の手は冷たく、でもその声だけはやけに落ち着いていた。
「おい、お前……何してる!」
怒声が飛ぶ。
美咲が顔を上げると、銃を構えた男がこちらに向かっていた。
(しまった……)
「……助けようとしただけです」
震える声を抑えながら、美咲は立ち上がった。体が震えている。だが、目だけは逸らさない。
「あの人、苦しそうで……私は医者じゃないけど……何もしないよりはいいと思って……」
男は数秒、黙ったまま睨みつけていた。
だがその時、もう一人の犯人が前方から呼びかけた。
「おい、無線拾った!警察、もう近くまで来てるぞ!」
その声に、銃を向けていた男が舌打ちして美咲から視線を外した。
「……勝手なことすんなよ」
そう吐き捨てると、前方へ戻っていった。
(警察が……来てる?)
それを聞いた他の乗客たちも、少しずつ顔を上げ始めた。
だが、犯人の焦りが新たな危険を呼ぶのではないか――その不安がバスの中に立ちこめていた。
美咲は、過呼吸を起こしていた女性の背をさすりながら、そっと心の中で祈る。
(どうか……誰も死なないで)
銃を持った男が前方に立ち、低く怒鳴るような声で叫ぶ。
「動くな!携帯はもう回収した!勝手なことをすれば……撃つ」
その言葉とともに、バスの一番前で男性が座っていた座席の窓ガラスが、銃声と共に粉々に砕けた。悲鳴があがる。
「ひっ……!」
数人の女性が肩を震わせ、座席に身を潜める。中には過呼吸を起こしかけている人もいた。
美咲は、バスの中ほどの窓際に座っていた。周囲で震える人々の様子が目に映る中、じっと黙って前を見つめていた。
(落ち着いて……動いちゃダメ……)
内心では鼓動が早鐘のように打ち鳴らされていた。だが、心臓に負担をかけてはいけない。自分がここで発作を起こしたら、周りを巻き込むことになる。助けてくれる医者はいない、悠斗はいない。
そう思うと、怖くて体が硬直した。
「お願いです、トイレに……行かせてください……」
声を震わせて立ち上がろうとした若い男性がいた。
だが――
「座れって言っただろ!」
銃口が彼に向けられた次の瞬間、乾いた銃声が響く。
彼の足元に撃ち込まれた弾丸が、床に火花を散らすように弾けた。悲鳴。誰かが泣き出し、誰かが口元を押さえてうずくまる。
美咲はその様子を、夢の中の出来事のように見ていた。遠くから聞こえてくるような音、震える空気、誰かのすすり泣き。
目の前の現実が、どこか現実でないように感じてしまう。
(翔太……悠斗くん……)
心の中で、誰にも届かない名前を呼ぶ。
じっと、動かずに。震える手を、握りしめながら。
銃声が鳴り響いたあとは、しばらく誰も動こうとはしなかった。
沈黙の中、唯一響いていたのは――過呼吸を起こしている女性の荒い呼吸音だった。
「はっ……はっ……!う、うまく……息が……」
彼女は後部座席で、体を抱えるようにしてうずくまり、酸素を求めるように必死に空気を吸おうとしていた。
それに気づいたのは、美咲だった。
(このままじゃ……あの人、危ない)
一瞬迷ったが、美咲は小さく立ち上がると、周囲に悟られないよう身を低くしながら女性のもとへ近づいた。
「大丈夫、大丈夫だから」
優しい声でそう言って、女性の肩にそっと触れた。
「深呼吸して。私がついてる。吸って……吐いて……」
女性の肩が震えながらも、少しずつ呼吸が整い始める。
美咲の手は冷たく、でもその声だけはやけに落ち着いていた。
「おい、お前……何してる!」
怒声が飛ぶ。
美咲が顔を上げると、銃を構えた男がこちらに向かっていた。
(しまった……)
「……助けようとしただけです」
震える声を抑えながら、美咲は立ち上がった。体が震えている。だが、目だけは逸らさない。
「あの人、苦しそうで……私は医者じゃないけど……何もしないよりはいいと思って……」
男は数秒、黙ったまま睨みつけていた。
だがその時、もう一人の犯人が前方から呼びかけた。
「おい、無線拾った!警察、もう近くまで来てるぞ!」
その声に、銃を向けていた男が舌打ちして美咲から視線を外した。
「……勝手なことすんなよ」
そう吐き捨てると、前方へ戻っていった。
(警察が……来てる?)
それを聞いた他の乗客たちも、少しずつ顔を上げ始めた。
だが、犯人の焦りが新たな危険を呼ぶのではないか――その不安がバスの中に立ちこめていた。
美咲は、過呼吸を起こしていた女性の背をさすりながら、そっと心の中で祈る。
(どうか……誰も死なないで)