一途な消防士は、初恋の妻を激愛で包み込む
 それだけでも助かってはいるし、ありがたいとは思うけれど……。
 私は別の意味で、彼を心配していた。

「あの、お金……」
「気にしないで。腐るほどあるから」
「でも……」

 私のせいで、金銭的な負担を強いている。
 コーヒー一杯だって、塵も積もれば山となる。
 こんなのは、長くは続かないだろう。

 このまま曖昧な関係を継続していけば、恋人にはなれなくても。
 常連客と店員と言うポジションでいられる。

 それだけで充分だと考えていた私の願望を、見透かしたようにーー。

「じゃあ、俺の妻になる?」

 関宮先輩は交際をすっ飛ばして、結婚しないかと持ちかけてきた。

 それに頷きたい気持ちで、いっぱいだったけれど……。

 妹が恐ろしくて。
 素直になれない私は、無言で差し出された現金を手に会計を済ませるしかない。

「俺は星奈さんを手に入れるまで、このカフェに通い続けるつもり」

 レシートを渡した手を握りしめられた私は、ビクリと肩を揺らして怯えてしまう。

 関宮先輩も、これが最後のチャンスだと思っているのかもしれない。
 高校時代は私が嫌がる素振りを見せたら、すぐに引いてくれたのに……。

 なんだか当時よりも、グイグイ来る。
 それは、気の所為ではないだろう。

「仕事、辞めなよ。俺が一生、養ってあげる」

 最初は、なんの冗談かと思った。
 私には彼の腕の中で、庇護される理由が存在しないから。

 でも、触れ合った指先から伝わる熱が。
 真剣な表情でこちらを見つめる真っ直ぐな視線が。

 私から、正常な判断を奪っていくーー。

「君は、俺のものだよ。絶対に誰にも、渡さない」

 思わず呆然と、彼の姿を観察していれば。
 関宮先輩の指先が、私の手から離れた。

「関宮、先輩……?」

 身を屈めて私の首筋へ両手を回した彼は、数分経たずに身体を離す。

 抱きしめてもらえなかったのが、名残惜しいと感じながら。
 姿勢を正した関宮先輩を見上げているとーー首元から、シャラリと鎖同士が擦れる音が響く。

 ーーこれは……。

 思わず俯いて、胸元を確認する。
 そこにはネックレスの中央に小さなお守り袋と鍵がぶら下がっていた。
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