敏腕編集者の愛が重すぎて執筆どころじゃありません!~干物女な小説家は容赦なく激愛される~
「悲恋なら描いたことがあるんですが。死地に向かう婚約者を見送る町娘とか、家名没落の責任を取るため自死を決めた夫とそれを介錯する妻とか」

「……できればハッピーエンドでお願いしたいところです」

「ですよね……」

生き死にがかかっている方が絶対盛り上がるのに。十八番を奪われて途方に暮れる。

そもそも恋人のいない、まともな恋愛もしたことがない私に、誰もが共感できる女心を綴れだなんて言われても無理だ。

「よろしければ、出だしだけでも一度確認させてもらえませんか? 俺からもアドバイスできることがあるかもしれません」

背中にじわりと汗が滲んだのは、鍋で体が温まったせいか、あるいは冷や汗か。

「そう……ですね。出だしくらいでしたら」

「では、来週一度軽く読ませてください」

「はい、準備しておきます……」

ため息を押し殺し、私は火がよく通ったネギを口に運んだ。

甘い――はずなのになんだか無性に苦く感じるのは、心が重く沈んでいるからかもしれない。



それから五日後。手応えがないまま書き進めた二万字――全体の一割程度の原稿を印刷して誓野さんに手渡した。

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