敏腕編集者の愛が重すぎて執筆どころじゃありません!~干物女な小説家は容赦なく激愛される~
「もう少し、カヲルの心の動きに生々しさが感じられた方が石楠花みどりの世界観に相応しいかと。存外、サラッと流れていってしまったので」

「生々しさ、ですか……」

カヲルは大好きだった母を亡くし、父からは二十も年上の男性との婚約を命じられ、ショックから眩暈を起こす。体調を心配した〝彼〟がこっそりと部屋にやってきて明け方まで添い寝してくれる。

添い寝といっても、同じ布団で寝るわけではない。カヲルの眠る布団の脇、畳の上に寝転がり、カヲルが寝付くまでじっと見守るだけだ。

緊張して眠れないカヲル。一方、馬の世話や家の見張り、大工仕事で疲れ切っている〝彼〟はカヲルよりも先に船を漕ぎ始める。

うとうととする彼を見つめながら、カヲルは布団の端に行き、〝彼〟の着物の胸もとのたるみをきゅっと掴んで眠ろうとするのだが――。

「たとえばカヲルが〝彼〟の服を掴むところ。……本当にできるでしょうか」

ことんと首を傾げる。体に触れる勇気のない初心なカヲルが、せめてと服のたるみに手を伸ばすのだが――なにか無理があった?

途方に暮れていると、誓野さんが「翠さん」とあらたまって呼びかけてきた。

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