歪んだ月が愛しくて3



「てか、……知ってたの?」

「ああ、成り行きでな」

「成り行きって…。それって頼稀は知ってるの?」

「さあな。だがアイツのことだ、その辺のことも全部引っ括めて覚悟の上なんだろう」

「………」



覚悟の上、か…。

まあ、頼稀のことだからそうなんだろうけど。



「俺、どうしたらいいのかな…」

「………」



見てしまったものをなかったことには出来ない。
正確に言えばなかったことにするのは簡単だけど、それは向こうの出方次第だ。
あっちがなかったことにしたいなら俺もそれに合わせるし、逆にあっちが本当のことを話してくれたら俺は…。



ポンッと、不意に会長の大きな手が俺の頭に乗る。

俺の視線が自然と上向きになる。



「“どうしたらいいか”なんて誰にも分からねぇだろう。大切なのはお前が“どうしたいか”じゃねぇのか?」

「俺が、どうしたいか…?」

「空気読んで察しなきゃいけねぇ時もあるが、お前等の場合は違うんじゃねぇか」



……ああ、この人は。


何でこう言う時だけ空気読んじゃうかな。



さっきまで人に痴漢紛いなことして来たくせに、一気にそんな空気をぶち壊してスルッと内側に入り込んで来る。

そして人の心が読めるんじゃないかってくらいピンポインに俺の欲しい言葉をくれる。

会長の前だと俺が隠してる悩みなんて丸裸も同然なんだろうな。



「……会長みたいに?」

「俺がそんな面倒なことをすると思うか?」



思う。

だって、正に今がそうじゃん。



……まあ、俺が何を言ったところで本人は認めないだろうけど。



「でもさ、それって普通は相手の気持ちを尊重するもんじゃないの?」

「そこはお前の得意分野だろう。まあ、お前の場合は度が過ぎる気もするが」

「普通だと思うけど…」

「それを普通って思ってる時点でお前の中に根付いてんだよ」

「……それは、悪いことなの?」

「俺にとっちゃ良くはねぇな」

「会長にとっては?」

「お前の自己犠牲主義を改善させたい俺としてはな」

「はぁ?何それ?俺そんな聖人君子じゃないんだけど」



視界の端で、俺の頭に乗せていた会長の手が動く。

その手はまっすぐに降りていき、俺の心臓近くを指先で突いた。



「そう言うとこだ」

「……そう言うって、どこよ?」



その問いに会長は答えてくれなかった。

だたフッと苦笑するだけで、俺の心臓に触れる指先が離れていく。



ゆっくりと、俺から離れていくそれを目で追う。



まるで見放された気分だ。



今更?



(……ああ、なんかこれ、ちょっと嫌だな)



だから、咄嗟に手を伸ばしてしまった。



「なら、教えてよ」



嫌な理由なんてもう分かっている。



それに、もう今更、見捨てるなんて許さない。



「俺に悪いところがあるって言うなら会長が教えてよ。中途半端に指摘だけしないで俺が分かるようにちゃんと説明して」



そう思った時には既に離れていく指先を掴んで引き寄せていた。



「俺、直すから」

「………」



会長が驚いた顔で俺を見下ろす。
でも真っ直ぐに見つめる俺の視線に応えるように、会長の大きく見開かれた瞳が徐々に細められていく。



ゆっくりと瞼を閉じ、意を決するかのように黒曜石が鈍い光を放つ。



「……お前の、その他人優先みたいな性分を否定するつもりはない。さっきはああ言ったが、俺にとっては良いもんじゃなくても見方を変えれば聖人君子そのものだ。現にそんなお前の周りには色んな連中が群がってるだろう」

「………」

「だから、そんなお前に直すべきところがあるとしたら、それは他人にクソ甘々なその性分じゃなくて自分が傷付くことを前提に考えてるところだ」

「自分が、傷付く…?」

「前にも言ったはずだぞ、“もっと自分のことを大切にしろ”って」

「それは、覚えてるけど…」

「だろうな、あれだけ言ったんだから。だが頭の隅で覚えてるのと意識して実行に移すのとじゃ全くの別もんだ。この意味がお前に分かるか?」



……意味?



何それ?

そんなことに意味なんてあるの?



求められているものが、分からない。



理解出来ないわけじゃないのに、分からない。





『何で…、気にする必要ないとか、そんなこと言わないでよ…』





……ああ、あの時と一緒だ。



ちゃんと理解してるつもりでいたのに、俺は何一つ彼等が求める答えを理解していなかった。



ムズムズする正体はこれか。



分からないんだもん。ムズムズするはずだよ。


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