歪んだ月が愛しくて3



「お待たせ致しました。こちらクリュッグのシャンパンでございます」



目の前のグラスに注がれる透明な液体を見つめていると、その向こうに座る会長と目があった。



「俺、未成年だけどいいの…?」

「安心しろ俺もだ。それにここは治外法権だと言っただろう」



そう言えばそんなことも言われた気がする。



「……その顔」

「え?顔?」

「居心地が悪いって顔に書いてあるぞ。気が散って飯食えねぇならコイツ等を下がらせるか?」

「い、いいよ、そこまでしなくても…。てか、俺のことはいいから気にしないでよ。俺はタダ飯食えるだけで有難いんだから」

「バカか。飯なんていくらでも食わせてやるが、今お前がこの時間を楽しめなきゃ誘った意味がねぇだろうが」

「っ、……なに、言ったんだよ!飯誘ってくれたのは俺に話したいことがあったからだろう!ついでみたいなもんじゃ…「マジで激鈍野郎だな、お前は」

「はぁ!?」

「どう見てもこっちがメインに決まってんだろうが」



……メ、イン?

こっちって、俺と飯食うことが?



態とらしく溜息を吐きながら「ここまで来てそれ言うか?」と呆れる、会長。



でも上手いこと返せない。



文句も、誤魔化しも、何も言い返せなかった。



「……じゃあ、余計いてもらわなきゃ、困る」



完璧にセッティングされたテーブルセットも、磨き上げられたピカピカの食器も、一輪の薔薇も、俺のために用意されたものだと思うと見方が全然変わって来る。



居心地が悪いのは変わらない。

でもそれは会長があんなこと言うからだ。



「会長と、改まって飯食うとか、普通に恥ずい…っ」

「………」



嬉しさと恥ずかしさが入り混じる、この感覚。



……マズい。

これ絶対顔赤くなってるやつだ。



一瞬で熱くなった顔はきっと真っ赤になっている。



こんな顔、絶対見せたくない。

でも先程と同様に俺に逃げ道はなくて、せめてもの悪足掻きで会長と目を合わせないようにしていると、会長は「…そうか」と言葉を漏らした。



その声にゆっくりと正面に視線を戻せば、俺をジッと見つめる会長と目が合った。



「俺は、嬉しいけどな」



刹那、心臓が一際大きく反応する。



……何で、普通ここは怒るところじゃないの?

さっきまでの雰囲気から絶対に睨まれてると思っていたのに、予想に反して俺に向けられていたのは愛おしそうに見つめる黒曜石だった。



何か言わなきゃ…。

でも俺の視線は会長に向いたまま逸らすことが出来なかった。



無言で視線が絡み合うこと数秒。



「乾杯するか」



黒曜石の瞳が揺らめいて、先に口を開いたのは会長だった。



「そ、だね…」



俺の緊張が伝わったのか、会長はぷっと吹き出すとシャンパンの入ったグラスを手に取った。



「とりあえず無事に1学期を乗り切ったってことで、乾杯」



グラスを胸の高さまで持ち上げて微笑む、会長。



ああ、そうか。

ここに来てもうそんなに経ったのか…、と時の流れを感じた。



聖学に入学して、生徒会に入って、そして会長達と出会って…。3ヶ月ってあっと言う間だな。



「……乾杯」



会長の言葉に感慨深いものを感じながら俺も笑顔で返してグラスに口を付けた。
透明の液体を飲み込んだ瞬間、口の中に程よい酸味と甘味が広がった。



これ飲みやすいな…。

シャンパンってこう言うものなのか?



「お待たせ致しました。こちら前菜のサーモンとタコのカルパッチョでございます」



それからタイミングを見計らったように執事さんとメイドさんが前菜の皿を持って来た。



「それにしても、よく俺の部屋が分かったな?」

「え?だってここに来たの初めてじゃ、な、い…」



……あ。  



それに気付いた瞬間、再び体温が上昇した。
真っ赤に染まっているであろう俺の顔を見て軽く目を見開いて驚いている会長に、俺はもう奇声を上げたい気持ちでいっぱいだった。
反対に会長は何かを察したらしく少し拗ねたようにむっと口を一文字に結んでいた。



「……俺は、忘れるつもりはねぇぞ」

「えっ!?」



ゆっくりとした時間が流れる空間の中、次々と運ばれて来る料理を堪能しながら滅多にない会長との一時を楽しんでいた。


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