歪んだ月が愛しくて3
「いっぱい出店あるね!うわぁ、どこから回ろうか迷っちゃう!」
「歩きながら決めればいいんじゃない?時間はまだまだあるんだからゆっくり見て回ろうよ」
「うんっ!」
駅から神社までの数キロに渡って的屋が出ているため、祭りの期間中は街全体が活気付く。
そのため余所の区からのお客さんの出入りが激しく、シマを管轄する組にとっては大事な収入源であると同時に普段以上に目を光らせなければいけない3日間でもあった。
つまりあちらこちらにうろうろしてんだよ、顔見知りが。
それでも八重樫の連中ならまだいい。
問題なのは…―――、
「ねぇリカ!俺焼きそば食べたい!その次はたこ焼きとフランクフルトとイカ焼きと……ああ、食べたい物があり過ぎて迷うぅ〜!」
「………」
俺の心情とは打って変わり嬉々とした声がくるりと振り返る。
その顔を見たら何だか自分の悩みがバカらしく思えて来た。
「……ふはっ、いいねそれ。それでこそ未空って感じ」
「え、何が?俺変なこと言った?」
「ううん。……ただ、未空が相変わらず食い意地張ってて安心したって話」
「えっ、俺そんな食い意地張ってた!?キャッ、恥ずかし〜!!」
「あれで無自覚ってのが凄いよね、尊敬する」
「何気に酷い!そんなことで尊敬されても全然嬉しくないよ!?」
未空の笑顔に絆されて、スッと肩の力が抜ける。
今更ごちゃごちゃ考えたって仕方ない。
とりあえず今は俺に出来る最大限のことをしよう。
キュッとキャップを深く被り直し、口元をマスクで隠す。勿論、伊達眼鏡も忘れない。
「……あれ、マスクも付けんの?風邪引いたの?」
「違うよ」
「夏にマスクって暑くない?そう言えば前に皆で遊びに行った時もマスク付けてたよね。それって何か理由あるの?」
「ほら、前にも話したじゃん。仲の良い連中に何も言わずに聖学に転入したって。俺の地元ここだからさ、見つかったら絶対面倒なことになるから一応顔隠しとこうかなって」
「あっ、それってリカのことぶん殴ろうとしてる友達のこと!?ダメダメ!!絶対見つかっちゃダメだよ!!」
「うん、だからそのためのマスク。分かってくれた?」
「分かった!でも安心して!もしリカが殴られそうになったら俺がリカの代わりに殴られてあげるから!リカには指一本触れさせないよ!」
「ワー、タノモシーナー」
安心、ね…。
それが出来れば苦労しないんだけど、身から出た錆だから仕方ない。
そんな諦めにも似た苦笑を浮かべながら足を進め、未空の言葉をサラッと受け流そうとした。
「―――本当だよ」
「え、」
でも未空の神妙な声色がやけに耳に付いて思わず足を止めた。
少し後ろを歩く未空に視線を合わせようと振り返ろうとした時、俺の手が後ろから掬われた。
「折角来たんだからさ、リカには安心してお祭りを楽しんで欲しいんだ」
握られた手に自然と視線がいき、もう片方の手で俺のマスクを少しだけ下ろす。
モワッとする暑さから一時的に解放された俺が見たものは、ふわりと微笑む未空だった。
「何かあったら俺がリカのこと守るから!」
思わず、ビシリと身体が固まった。
……な、何、それ。
何で、このタイミングでそんな顔して笑うの?
さっきまでのヘラヘラした笑顔とは全然違う、優しい笑み。
こんなの、完全に不意打ちだ。
あんな緩み切った笑顔であんなこと言われたら、誰だって照れるに決まってる。
じわじわと赤くなっていく頬を自覚しながら、パタパタと顔を手で仰ぐ。
心なし身体まで熱くなって来たような気がする。
でも何て答えたらいいのか分からなくて、とりあえず「あ、りがと…」と顔を逸らしながら言えばグイッと繋がれた手を引き寄せられた。
「あれ〜、何で目合わせてくれないの?もしかしてリカ照れてんの?かっわい♡」
「……寧ろあんなこと言われて照れないと思ってんの?自分の顔の良さを自覚しろバカ」
「自覚はしてるよ。でもこれがリカに効くとは思わなかったけど、リカのあの顔が見れたから使った甲斐はあったかな」
「あの顔?」
「すっごく可愛かったよ、リカの照れてる顔。また見せてね?」
「……絶対イヤ」
それから未空は「え〜、いいじゃんリカのケチ」と言いながらニヤニヤと意地悪く笑うものだから、その手を強引に振り解いて先を歩くことにした。
何がいいものか。
人の気も知らないで…。