歪んだ月が愛しくて3
祭りの人混みに紛れて歩き続ける。
あえて人通りが多いところを選んで歩いているのはその方が目立たないから。加えてお面も付けてるから顔バレすることは絶対にない。
なのに、ソワソワした感覚が消えない。
まるですぐ後ろにいるみたいな、そんな錯覚に飲み込まれそうだった。
人が多いだけに気配が上手く読み取れない。
……落ち着け。落ち着け。
何をそんなに焦ってんだ。
大丈夫。誰にも付けられていない。
顔だって隠してんだから絶対にバレない。絶対に。
―――シロ
それなのに、アイツの声がすぐ後ろから聞こえて来る。
切なくて、苦しくて、愛おしいあの声が。
「リカ!」
途端、後ろから腕を掴まれて立ち止まった。
「どうしたのリカ?急に黙り込んで…、それに何でそんな早足なの?」
「み、く…」
「何急いでんの?俺のこと置いてく気?てか、今まで俺の存在忘れてたでしょう(笑)?」
「……ごめん」
「何が?俺のこと忘れてスタスタ歩いて行っちゃったこと?」
「ごめん…」
「認めんのかーい」
ヘラヘラと、屈託のない笑顔が俺の憂鬱な気持ちを吹き飛ばす。
きっと俺の様子が可笑しいことに気付いているのに、それでも未空は何も聞かずに「帰ろう」と俺の手を引いて先導してくれた。
その気遣いがとても有難くて、情けなかった。
だからもう一度ごめんと、笑って誤魔化した。
◆◆◆◆◆
立夏達と別れた直後、ナツはスマートフォンを取り出し素早く指先を動かす。
何をしているのか、誰と連絡を取っているのか、隣を歩く松田には知る由もないことだが、その表情から察するに彼等にとって想定外のことが起きたのかもしれないと言うことは何となく分かった。
だが松田はそれについて口を挟まない。追及もしない。
それが“側近”と呼ばれる彼等とそうでない者の境界線で、この街の暗黙のルールだった。
いくら自分より歳が下だろうと、職務上格下の人間であろうと関係ない。それがこの街に住む人間の身体に刻み込まれた生存本能と言う奴だった。
しかし、松田には確認しなければならないことがあった。
「お、おい…。まさか、さっきのお面被ってた方って…」
「………」
「いや、無言で睨むなよ。せめて何か言えって」
「その目はただの飾り?眼科行った方がいいんじゃない?」
「誰も罵倒しろなんて言ってねぇだろうが。……あっ!じゃあお前最初から気付いてて俺にもう1人のガキ相手にさせてたんだな!?」
「当然。シロ以外の人間なんて相手にする価値もない」
「だからって一言くらい言っとけよな!どうすんだよ!?俺あの方に失礼なこと言っちまったんだぞ!次会った時にど突かれたらお前のせいだからな!しかも、もしこのことが若にバレたら俺は…っ」
「シロに生意気な口聞いた報いだろう。有難く受けなよ、大好きな若様からの制裁」
「そう言う問題じゃねぇんだよ!お前だって知ってんだろう、若がどんだけあの方にご執心か!?仕事でミスるよりあの方関連でやらかす方がヤベーんだぞ!簡単に制裁とか口にすんじゃねぇよ!命いくつあっても足りねぇわ!」
「ハッ、ご執心ね…。その割にはいつもその辺の雌豚捕まえて腰振ってるみたいだけど?」
「ま、まあ…、若も男だからな…」
「何が男だよ。笑わせんな。“側近”だか何だか知らないけど結局はその程度ってことだろう。……だから嫌いなんだよ」
「ナツ…」
「ヤエも、ハチも、ハクも、あの女も…っ」
絞り出すような、そんな震えた声が鼓膜に届く。
スマートフォンを握るナツの右手に力が入る。
下手したら壊してしまいそうな力の入れようが、ナツの心内を表しているようだった。
「俺からシロを奪った人間なら、尚更ね」
ナツの瞳が、ギロッと鈍い光を放つ。
憎くて、憎くて、堪らないってそんな恨みの籠もった目付きに、松田は思わず表情を強張らせた。
その殺気はまるで自分自身に向けられているかのように真っ直ぐと、既にこの場を去ったはずのあの茶髪の少年に向かっていた。
「……お前も、大概だな」
若といい、他の3人といい…。
その言葉を飲み込んで、松田はナツの先を歩き出した。
スマートフォンのディスプレイに表示された「了解」の文字に、ナツの目付きが更に鋭さを増したことに気付かぬまま。