歪んだ月が愛しくて3



錆び付いた鉄の臭い。

そこにいたのは複数の男達だった。



半円を描くように立つ黒のスーツを着た4人の男達の中心には、まるで捨てられたゴミのように無惨に踏み付けられ、無抵抗にも鉄パイプのようなもので殴られている3人の男達が見えた。
更にその横に積み上げられた木材に凭れ掛かる1人の男。その頭に突き付けられているのは真っ黒な鉄の塊だった。
スーツの4人によって囲まれている3人の男達は拳銃を突き付けられている1人に向かって手を伸ばすが、そんな彼等に躊躇なく振り被る鉄パイプがゴンッと鈍い音を響かせる。

頭に血が上って感情に任せてその輪の中に飛び込もうとした瞬間、背後から聞こえる足音に気付いて思い止まった。
騒がれる前に未空の口を片手で塞いで近くのドラム缶の後ろに身を隠した。
突然のことに状況が飲み込めない未空は最初俺の手を剥がさそうと踠いていたが、鼓膜を震わす鈍い音にビクッと身体を硬直させた。



「シッ、静かに」



唇に人差し指を当てて耳を澄ます俺に未空が息を飲む。
微かだが、男達の声とは別に遠くの方でマフラー音が聞こえる。
数台の単車がこちらに近付いているようだった。多分、それに気付いているのは俺だけ。



(お出ましみたいだな…)



未空の視線の先が男達を捉えた後、俺は未空の口を塞いでいた手をゆっくりと外して未空にしか聞こえない小さな声で話し掛けた。



「この状況…、分かるよね?」



そう言うと未空は自主的に両手で口を塞ぎ、上下に激しく首を振った。
良かった。普段は空気読めないキャラだけど、こう言う時はちゃんと察してくれるようだ。



「だったら説明は後。あの人達を助けるために協力して」

「きょ、りょくって…、何するつもり?まさか1人であの連中をどうにかするつもりじゃないよね!?相手は拳銃を持ってるんだよ!?いくらリカでも丸腰じゃ…っ」

「シッ、声がデカい」

「ご、ごめん…。でもいくらリカが喧嘩強くてもやっぱり1人では行かせられないよ…」



「心配だもん…」と言葉を続ける未空の顔を正面から見たら、思わず口元が緩んでしまった。



こんな俺を心配してくれるなんて、優しいな…。



……でも、ごめんな。



今はその優しさに付け入れさせてもらうね。



「未空にはさっきの人達を呼んで来て欲しい。俺はここに残ってあの連中を見張っとくから」

「さっきの人達?」

「八重樫組の人。きっとまだ近くにいるはずだから。本当は俺も一緒に行った方がいいんだろうけど応援が来る前にあの連中が逃げたらどこに行ったか分からなくなっちゃうし、それに出来ることなら八重樫組の人には会いたくないんだよね…」

「そう、だよね…。うん、分かった。応援を呼ぶのは俺に任せて、リカはここでアイツ等のこと見張ってて」

「ありがとう」

「でも何で八重樫組の人なの?応援だったら誰でもいいじゃん」

「相手は複数でチャ…、拳銃も持ってるからきっとヤクザか半グレの部類だと思う。だからこの場に一般人を連れて来たって被害が増すだけだよ。だったら八重樫組の人にこの場を納めてもらった方がいいと思うんだ」

「でも俺が呼んで来てくれるような人達じゃないと思うけど…」

「来るよ。奴等は自分のシマを荒らされるのが死ぬほど嫌いだからね」



そう言うと未空は驚いたように目を瞠った。
まるで俺の真意を計ろうとする瞳に居心地の悪さを感じ、それに加えて先程に増してヒートアップしている罵詈雑言が相俟って自然と俺の口調も強まる。



「早く行って!」

「う、うんっ!」



走り出した未空の背中を見送って再び視線を男達へと戻す。



……さてと。



未空は避難させた。
これで未空がナツ達と合流出来たら、きっとナツは俺の考えに気付いて未空をこの場から遠ざけてくれるだろう。
もし合流出来なかったとしても時間稼ぎにはなるはずだ。その間に全て終わらせる。それしかない。



目の前で繰り広げられる無惨な行為に、無意識に拳に力が入る。



俺の意識は目の前の獲物に集中していた。















だから、余計なことを口走っていたことにも気付かなかった。





「(……あれ?何でリカが八重樫組のこと(そんなこと)知ってるんだろう)」





未空がそんな疑念を抱いたことなど、露ほども知らずに。


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