歪んだ月が愛しくて3
状況を把握するためにドラム缶の裏から2階の手摺りへと移動し、その場にしゃがみ込んで耳を澄ませる。
ここからなら全体が見渡せる。
目を凝らして男達の人相を確認すると、一瞬自分の目を疑った。
「何で、アイツ等が…っ」
握り締めた拳も、小さく呟いた自分の声も、無意識に震えていた。
何でアイツ等がこんなところにいるのか、どうしてこんな状況に陥っているのか…、そんな疑問が脳裏を占める。
悪寒の正体はこれか…。
(―――いや、本当に?)
「ぐはっ!!」
「がっ!!」
「おいおい、何勝手に伸びてんだよ。人様にぶつかっといてごめんなさいも言えねぇのかぁ?」
「お前、らが、因縁吹っ掛け……あ゛ぁあ゛ああぁぁ!!」
「うっせー!黙っとけ死に損ないが!」
ガンッと、鈍い音に思考がクリアになる。
……何を迷ってんだ、俺は。
そんなこと今はどうだっていいだろうが。
「やめろっ!!もうやめてくれぇ!!」
考えてる暇はない。
迷うな。選択を誤るな。
今は目の前の命を救うことだけに集中しろ。
じゃりと足元の石を踏み付けて数秒後、俺の身体は自然と次の動作に入った。
男達に見つからないように2階の手摺りから身を乗り出して1階にあったドラム缶目掛けて石を投げ付けた。
「誰だっ!?」
その音に男達が動揺している隙に天井から垂れ下がっている照明の傘に飛び乗って、俺の身体は照明ごと1階に落下した。
激しい音と共に噴煙が辺りに充満し、照明を落としたことで視界が閉ざされる。
その隙に拳銃を持っていた奴を仕留める。予め拳銃を持った男の位置を把握していたため、男の目の前に照明を落とすことで隙を作り素早く男の間合いに入った。
「歯ァ食い縛れ」
瞬間、俺の左足が物凄い速さで弧を描いた。
鞭のようにしなる蹴りが男の右頬に炸裂する。
肉を叩き割るような打撃音と共に、男は声も出さずにその場に崩れ落ちた。
間髪入れずに男の後頭部を右肘で攻撃し、完全に意識を失ってもらった。
訳も分からぬ内に意識を手放した男の口元にはコロンと折れた歯が転がっていた。
(だから歯食い縛れって言ったのに…)
地面に転がる拳銃を手に取ってズボンのウエスト部分に隠す。
工場内に差し込む月明かりが内部の輪郭を薄らと浮かび上がらせた。
普通の人間なら目が慣れるまで歩くことは出来ないだろう。
まあ、生憎俺はその“普通の人間”じゃないんだけどね。
案の定、男達の慌てふためく声が聞こえる。
仕留めるなら目が慣れる前の今しかない。
息を殺して、男達の気配を探る。
残るは3人。
「何だっ!?」
「どうなってんだよこれ!?」
「話が違ぇじゃ―――、」
ドスッと、首の後ろに手刀を落として黙らせる。
相手の位置を特定するのは簡単だった。だって向こうが勝手にビビって喋ってくれんだもん。簡単過ぎるでしょう。
残りの2人の居場所もすぐに特定出来た。
「ヒィッ」と悲鳴を漏らす男にはその顎先を右の拳の最も固い部分で下から思いっ切り突き上げる。
顎は数ある急所の一つだ。男はアッパーカットを食らったボクサーのように仰け反り、一声も漏らさぬまま膝から崩れ落ちた。受け身どころではない男はコンクリートの地面に頭を打ち付けた。
動きを止めなければ勝手に足が付いて来る。最後の1人には顔面に蹴りを入れたら勝手に気絶してくれたので呆気なく終わった。
……この程度か?
男達の身形は明らかに一般人じゃなかった。
加えて拳銃なんか持ち出してるってことは恐らくそっち関係の人間だろうが、それにしても弱過ぎる。
(何なんだ、これ…)
この状況と言い、スーツの男達の正体と言い、不自然極まりない。
まるで予めセッティングされた舞台の上にいるみたいで、酷く気持ち悪かった。