歪んだ月が愛しくて3



「ヤエ…、お前、どうしてここに…」



見知った顔に、自然と肩の力が抜ける。



ヤエがここにいる理由は分からない。
でも助けに来てくれたのが他ならぬヤエで安堵している自分がいた。
構えていた拳銃を下ろしてヤエに向かって一歩足を出す。



その時、ヤエの口元が卑しく歪んだ。



その瞬間を俺は見逃さなかった。



「―――、」



俺が足を止めたと同時にヤエの足が素早く動き出す。



浅葱色の髪が、ふわりと揺れる。



何キレてんのか知らないが、ヤエは殴り掛かると言うより襲い掛かるって言葉がしっくり来るような人間離れした動きを見せた。
勢い良く振り被るヤエの右腕を寸前のところで体勢を低くして避ける。このリアル肉食獣め。
二発目の蹴りが放たれた時、咄嗟に腕を交差して攻撃を防いだが、その威力は凄まじく俺の身体は易々と後方に吹っ飛ばされた。



(こんのっ、バカ犬が!!)



腕力だけじゃ歯が立たない。
その分、ヤエの攻撃パターンは熟知しているから容易に受け身が取れた。



「兄貴っ!?」



ピタッと。

岩城くんの叫び声にヤエの動きが止まった。



かと思えば、ヤエの鋭い視線が岩城くんに向けられる。



「テメー…」

「ヒッ!?」



何勝手に標的変えてんだよ、コイツ!?



意味が分からない。
いつも何考えてるか分かんない奴だけど、今日は特に酷い。情緒不安定過ぎるだろう。



「ヤエっ!!」



ヤエが動き出す前に、俺は岩城くんを背中に隠してヤエと正面から対峙する。



俺と目が合った途端、ヤエの表情が戻った。



「……お前、この状況分かってんのか?」

「ああ、ちゃんと分かってんぜ。テメーが性懲りも無くまた男と密会してるってな」

「ほざけ。テメーの目は節穴か?これのどこが暢気に密会してるように見えんだよボケ」

「その割には随分と親しげじゃねぇか?」

「学校の先輩だからな」

「へー」



この野郎…、テメーから聞いて来たくせに興味無しかよ。
受け身だけじゃなくて何発か入れとけば良かった。手加減して損した。



「あ、兄貴…、この人は…」



そんな疑問を口にする、岩城くん。

まあ、こんだけ派手に登場されたら気になるよね…。



「大丈夫、コイツ俺の知り合いだから。見た目と口は悪いけど敵じゃないから安心して」

「は、はい…」



……そう、ヤエは敵じゃない。



ただこれで終わりってわけじゃないだろう。

俺の後ろでどこかに電話を掛けるヤエを見て、そんな気がした。



「お、おい!お前等大丈夫か!?しっかりしろ!」



岩城くんの焦った声に視線を向けると、岩城くんの後ろにいた野球部3人組がぐったりと倒れていた。
直様一番近くにいた仁木くんの首元に指を当てて脈を測る。



「……大丈夫。気を失ってるだけだよ」

「よ、良かった…」



無理もない。
何発も殴られた上に拳銃まで向けられたんだ。
緊張の糸が一気に緩んだんだろう。



「ヤエ、そこの黒服のこと頼めるか?」

「もう手配した。それとハクのとこもな」

「流石」

「そのために来てやったんだろうが。もっと有り難く思えやボケ」

「最初のあれがなければもっと感謝してたわ」

「それはそうと、何なんだよこの黒ずくめのアンちゃん共は?テメーの追っ掛けか?」

「流すなボケ。てか、こんな野郎共に追っ掛けられても嬉しくも何ともねぇよ。しかも絡まれてたのは俺じゃなくて岩城くん達だから。俺絡みじゃねぇよ」

「へぇ、そうかい。んじゃ俺が出張る必要はねぇな」

「……いや、お前にも頼みたい」

「あぁん?何で?」



その疑問に俺は手に持っていた拳銃をヤエの目の前に持ち上げた。



「、」

「そう言うこと」



そのまま拳銃をヤエの掌に乗せて、それを手放した。



「念のために、頼む」

「……わーったよ」



念には念を入れておこう。
万が一の時にはヤエの協力が必要不可欠だ。


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