歪んだ月が愛しくて3
俺は岩城くん達を乗せたワンボックスカーから離れてヤエが待つ黒塗りの車に近付いた時、近くに止まっていた黒色の単車が目に止まり思わず足を止めた。
「ヤエ、これが例の…?」
「ああ」
確かに鍵は挿さったままか…。
これと言って特徴のない単車だった。
持ち主を割り出すにはナンバーを照会するしかなさそうだな。
「例のって?」
「いや、深い意味はないんだけど、ちょっと気になってさ」
「ふーん…」
ふと後ろを振り返れば、すぐ近くにナツが立っていた。
そう言えば…、
「あのさ、今更なんだけど何でナツ達はここが分かったの?」
「何でって…、近くを巡回してる時にこの倉庫の周りを彷徨いてる人影が見えて、それで様子を見に来たらシロがいたんだよ。ここに着く直前に松田のスマホにヤエから招集の連絡も入ったし」
「っ、じゃ、じゃあ未空は!?俺の友達には会ってないのか!?」
「未空ってあの茶髪でしょう?会ってないよ」
「、」
会ってない?
つまり未空はまだナツ達を捜して…、
「うわぁああああ!!」
突如、人気のない倉庫街に叫び声が響き渡る。
聞き覚えのある声にまさかと思い声がする方に足を速めると、そこにはスーツを来た2人組の男によって車に押し込まれている未空が見えた。
「未空っ!?」
咄嗟に名前を呼んで駆け寄ると、未空も俺の存在に気付いて「リカ!来ちゃダメ!」と俺の名前を叫んだ。
しかし未空が俺の名前を呼んだ時に隙が生まれて、未空は俺の目の前で車に押し込まれて連れ去られてしまった。
「クソッ!」
走り出した車に向かって吐き捨てる。
何で未空が…っ。
どこに向かった!?
どこに未空を連れて行く気だ!?
そんな疑問が頭の中で駆け巡る。
しかしそれらの疑問を解消するよりも先に、今は一刻も早く未空を救出しなければならない。
そうと決まれば足を調達しなければ。相手は車だ。流石に走って追い付くことは不可能だ。ああ、何で俺は未空の叫び声が聞こえた時に走って捜しに出てしまったんだろう。あの時、近くにあった単車を使っていればもしかしたら未空は連れ去られなかったかもしれないのに。
今更後悔しても遅いが、自分の不甲斐なさに怒りが込み上げて来る。
手に余る感情をそのままに今来た道を引き返そうとした時、聞き慣れないエンジン音と共に先程の黒い単車に乗ったナツがこちらに向かって走って来た。
「シロ、乗って!」
ナツは単車を走らせながら俺に向かって手を伸ばす。
その手に捕まってナツの後ろに飛び乗れば、ナツは一気に速度を上げて倉庫街を駆け抜けた。
「シロ、状況は?」
「未空が拉致られた。犯人の顔は見えなかったし行き先も分からない。でもナンバーは覚えた」
「ヤエに連絡して。そのために置いて来たから」
「やってるよ」
俺はナツと話しながらヤエに電話を掛けると、すぐに繋がった。
「ヤエ、俺の友達が拉致られた。ナンバーを送るからその車の位置情報を俺のスマホにリアルタイムで見えるように送ってくれ、大至急だ」
『ったく、人使いの荒い飼い主サマだな』
俺はスマートフォンを耳に当てながら後ろからナツに指示を出す。
「ナツ、ここから一番でかい幹線道路に出る近道は?」
「この先を曲がるとその近道に入れる。幹線道路までは5分くらいだよ」
「じゃあそのルートで幹線道路に出てくれ。恐らく未空を連れ去った奴等はこの辺の人間じゃない。白羊を出るとしたら確実な道を選ぶはずだ」
「了解」
『シロ、位置が割り出せた。お前のスマホに送ったぞ』
「サンキュー」
スマートフォンから耳を離してヤエが送ってくれた位置情報を確認する。
このデータは公式なものではない。この街を支配する八重樫組が白桜会の支援の下に密かに取り付けた車両ナンバー自動読取装置で、当然国はその存在すら知らないし、警察のNシステムよりも精度が高いらしい。それを証明するかのように未空を乗せた車両が現時点でどこを通過したか、運転席と助手席に座っている人相までもが映像としてはっきりと映し出されていた。
しかしその顔には見覚えがない。30代くらいの男が2人…、その程度しか分からなかった。
「ナツ、このまま幹線道路に出たら双魚方向に向かって走ってくれ」
「もう白羊を出たの?」
「いや、まだだ。でもこの動きからすると奴等は確実に白羊を出る。八重樫のシステムは白羊内だけだから奴等が白羊を出る前に後ろにつきたい。先回り出来そうか?」
「やれって言ってよ。そうしたら絶対やってみせるから」
「ナツ…」
「トモダチなんでしょう、俺達と同じくらい大切な」
大切な友達、か…。
『何かあったら俺がリカのこと守るから!』
ああ、そうだよ。大切だよ。
ナツ達と同じくらい大切で、こんな俺を受け入れてくれた大切な親友なんだ。
誰にも奪わせない。
もう二度とあんな想いはしたくない。
『大好きだよぉ…っ』
誰であっても未空の笑顔を奪う人間を、俺は許さない。
「命令を、ご主人様?」
……ごめんな。
こんなこと、本当はナツに頼るべきじゃないって分かってるのに。
「ナツ、絶対に奴等を逃すな。死ぬ気で追いつけ」
「Yes Boss」
俺はナツの好意に甘えて、謝罪の代わりにいつの間にか大きくなった胴体に両腕を回した。