歪んだ月が愛しくて3
久しぶりにこの絢爛豪華な世界に足を踏み入れたと言うのに、俺は心が弾むばかりか釈然としない不快感が募っていた。
「……俺が、何を言いたいか分かる?」
「勿論。だが折角リリーが来てくれたんだ。話は応接間で聞こう」
「ここでいいよ、すぐ済むから。未空はどこ?何であんな真似して未空を連れて行ったの?」
「どうしたんじゃ?そんな怖い顔をして折角の愛らしい顔が台無しじゃぞ」
「はぐらかしても無駄だよ。未空に会わせてくれるまで俺帰らないから」
「ふむ、それは好都合じゃな。どの道リリーをあそこに返す気はなかったからの」
「は?」
返す気はなかった?
この人、いつから俺達のこと…。
「祭りは楽しめたか?途中要らぬ横槍が入ったのは残念だったの」
「……そう言うこと」
白羊に行く時、俺達は未空が手配した車に乗って目的地まで向かった。
あの車がまもちゃんの差し金だったとしたら、少なくとも白羊に着いた後の行動はまもちゃんに筒抜けだったことになる。勿論、倉庫での一件も。つまり未空をあんな拉致紛いなやり方で連れ去ったのは俺をここに誘き寄せるためでもあったと言うことか。
「未空に会いたいなら呼びに行かせよう。……だが、その前にちょいとばかし爺のティータイムに付き合ってくれんかの?」
「………」
お茶を飲むまで未空には会わせないってわけね…。
ここは大人しくまもちゃんに従うしかないか。
俺の無言を肯定と受け取ったまもちゃんは、田中さんにティーセットの準備をするように指示を出した。
そのため田中さんは一度この場を離れて、俺はまもちゃんの案内で応接間に通された。
まもちゃんが座った向かいのソファーに腰を下ろすと、すぐに豪華なティーセットと共に田中さんが入って来た。
田中さんは俺とまもちゃんのティーカップにそれぞれ紅茶を注ぐが、俺はそれを飲む気にはなれずまもちゃんがティーカップから口を離したタイミングで話を切り出した。
「……未空は、ここにいるの?」
「ああ。正確には別邸の方だが」
「何で?どうして未空を連れて来たの?」
「それは彼奴が儂の孫だからじゃよ」
「まあ、彼奴はそうは思っとらんじゃろうがな…」と言葉を漏らしたまもちゃんはどこか遠い目でカップの中身を見つめていた。
「ま、ご…?」
未空が、まもちゃんの孫…。
何も可笑しいことではない。
年齢的に考えても何ら不自然なことじゃない。
それなのに何故か釈然としない。
この屋敷の表札を見た時からずっと俺の中で何かが引っ掛かっていた。
そしてまもちゃんの正体にも…。
あの頃は何も感じなかった疑問が、今ここに来て俺を疑心暗鬼にさせていた。
「以前、儂にリリーと同じくらいの孫がいることは話したじゃろう?」
「うん」
「あの時詳しいことは話さなかったが、儂には孫が2人いてな。その2人とも聖学の高等部に在籍している」
「2人…」
未空と、もう1人。
それが表札に記された人物だとしたら、まもちゃんのもう1人の孫は…。
そして、まもちゃんの正体は…。
「まもちゃんって…、“神代”だったの?」
それは確信に近い問いだった。
するとまもちゃんは「ちゃんと名乗ったことはなかったの…」と言って、柔らかい笑みを浮かべながらカップをソーサーに置いて俺を見つめてこう言った。
「神代衛。一応会長職に就いてるが、実際仕事してるのは聖の奴だからな。リリーも知っての通り、儂は老い先短いただのジジイじゃよ」
ああ、これが違和感の正体か。
未空の誘拐と、表札に刻まれていた「神代」の名、そしてまもちゃんの正体が今一本の線で繋がった。